2024年4月 1日

一般社団法人全国銀行協会
会長 福留 朗裕

会長就任挨拶

 三井住友銀行の福留である。
 このたび、加藤前会長からバトンを受け取り、全国銀行協会の会長を務めることになった。皆さまからご支援を賜りながら、この大役をしっかり果たしていきたいと思うので、よろしくお願いしたい。
 はじめに、本年1月に、石川県能登半島地方で発生した地震により尊い命を落とされた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からお見舞いを申しあげる。全銀協として、預金の払戻しや融資に関する柔軟な対応の申し合わせなどに取り組んできたが、今後も、被災された方々が一日も早く日常生活を取り戻せるよう、銀行界として全力で支援して参る。
 就任に当たり抱負を述べる前に、この場を借りて、加藤前会長に一言御礼を申しあげたい。
 振り返ると、昨年度は春闘賃上げ率が前年を上回る高水準となり、日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新するなど、わが国にとって明るい兆しが見えた一方、能登半島地震や全銀システムの障害など、不測の事態も相次いだ一年だった。全銀システムについては後ほど改めて触れるが、お客さまをはじめ多くの方々に多大なご迷惑をおかけしたことに関し、心よりお詫び申しあげるとともに、再発防止および安定稼動に向けた思いを加藤前会長からしっかりと受け継ぎ、万全を期して参る。加藤前会長には、こうした危機における対応はもちろんのこと、その明るいお人柄と見事なリーダーシップで銀行界をけん引していただいた。そのご尽力に対し、心から敬意と感謝の気持ちを表したい。本当にありがとうございました。
 さて、わが国の銀行界を取り巻く環境を俯瞰すると、能登半島地震のほか、中東情勢の緊迫化をはじめ、地政学的な不安定さや、中国経済のスローダウンなど、注意を払うべき事象も多く、気を緩めるわけにはいかない経営環境であると認識している。しかし、足元の日本経済には、「賃金、消費、企業業績」の好循環の萌芽が見られる。先日も、日本銀行がマイナス金利政策を解除するなど、物価や金利の上昇、大幅な賃上げ、GXなど、至るところでパラダイムシフトが起きつつあり、わが国はまさに「失われた30年」からの脱却に向けたティッピングポイントにあると見ている。
 こうした環境認識の下、私は今年度を、「パラダイムシフトが進展するなか、わが国経済の好循環の定着に貢献していく一年」にしたいと考えている。具体的には、次の三つを今年度の活動の柱として取り組んでいく。
 第一の柱は、「日本の再成長に向けたパラダイムシフトの後押し」である。「失われた30年」からの脱却に向けて、好循環の芽を育て、定着させられるか、今年度を含む今後数年が正念場である。わが国の再成長、豊かな国民生活の実現に向けて、足元で進むパラダイムシフトや好循環の連鎖をしっかりと後押ししていきたいと考えている。
 「成長と分配の好循環」に向けた政府の重点施策のなかでも、資産運用立国とスタートアップを含む事業者支援は、特に銀行界が貢献できる分野と考える。資産運用立国は、国民の資産形成のあり方を根本から変え、企業成長を支えるリスクマネーの円滑な供給にも繋がる、極めて重要な政策である。家計における1,100兆円の預貯金の大部分をお預かりしている銀行は、そのキープレイヤーであると自負している。新NISAの導入など、政府による力強い後押しに応えるべく、金融商品の販売会社として、創意工夫を凝らしてお客さまの資産形成に貢献していくことが大切である。また、お客さまに最も近い存在として、家計の金融リテラシー向上をサポートしていくこと、そして顧客本位の業務運営を徹底していくことが、「家計による投資増、企業の成長、資産所得増」という、貯蓄から投資の好循環を定着させる重要な鍵になると考えている。
 顧客本位の業務運営の徹底は、全銀協活動の一丁目一番地と認識している。そもそも、顧客本位、フィデューシャリー・デューティーとは、「受託者は委託者および受益者の利益を第一に考える義務を負う」という概念であり、私はこれを、「お客さまに正しい理解の下、適切なリスクテイクをしていただき、より豊かな生活を実現していただく」ものと理解している。会員各行による顧客の最善の利益を追求する取組みを、私自ら先頭に立って旗振りしていく。従来、全銀協で進めていた金融経済教育の活動は、4月に設立される金融経済教育推進機構に移るが、前会長行から引き継ぐ最重要のテーマであることには変わりなく、機構と密に連携のうえ、会員行とともに普及に取り組んで参る。
 資産運用立国におけるテーマの一つであるスタートアップ支援も、中長期的にわが国の成長率を左右する重要な政策であり、欧米に比べて小規模にとどまるベンチャー投資や、スモールIPOに偏重したエグジット方法など、金融面の課題を解決することが重要であると認識している。アメリカ同様、スタートアップにわが国の成長エンジンになっていただくという大きな期待あるいは夢を込めて、ご支援したいと考えている。
 また、ポストコロナへの移行が進むなかで、資金繰り支援にとどまらない、経営改善や再生支援も含めた事業者の方々への支援は、わが国の産業を根底から活性化させる政策であり、銀行界は、これまでのモメンタムを引き継ぎつつ、さらに大きな役割を果たすことが求められている。「起業と事業再構築の活性化、イノベーション創出・生産性向上、産業構造の転換」という好循環を生み出すべく、スタートアップ支援と事業者支援の両面で会員各行の取組みを促していく。
 次に、サステナビリティについては、概念整理などハイレベルな対応に加え、今後はこれまで以上に、開示やお客さまへのエンゲージメントといった実務面の対応が重要なフェーズに入っていく。そうした取組みは決して容易ではないが、日本あるいはアジアという課題先進地域の金融機関だからこそ、「困難な課題への真摯な取組み、グローバルのサステナビリティをリード」という好循環を生み出せる可能性があるとも言える。全銀協としての基準づくりなどを通じ、社会課題の解決に意欲的かつ粘り強く取り組んでいく。
 第二の柱は、「安心・安全かつ利便性の高い未来志向の金融インフラの追求」である。冒頭でも申しあげたとおり、全銀システムについては昨年10月に発生した障害で、お客さまをはじめ多くの方々に多大なご迷惑とご心配をおかけしたことに対し、改めて心からお詫び申しあげる。
 社会のさまざまなものが複雑かつ広範なネットワークで繋がる現代において、一つの障害が及ぼす影響の大きさ、そして全銀システムがわが国の決済網の中核として求められる安定性・堅牢性の高さを改めて痛感した。昨年、改善・再発防止策を取りまとめ、現在は実行段階に移っているが、今後も利用者の皆さまに安心してご利用いただけるよう、安定稼動の実現・維持に向けて不断の努力を続けて参る。
 手形・小切手の電子化については、2026年末までに交換枚数をゼロにするという最終目標に向け、私自らリーダーシップを発揮し、これはもう総仕上げのつもりで取り組んで参る。そして、お客さま、行政、銀行にとって利便性、効率性が格段に上がる税・公金のQRコード納付については、「三方よし」の取組みとして注力して参る。
 安心・安全の実現という意味では、昨今深刻化している金融犯罪への対応も重要である。お客さまの大切な財産をお守りするための安心・安全の追求は、ともすると利便性とトレードオフになりがちだが、どちらも妥協することなく、高いレベルでの両立にこだわっていきたい。
 そして、あらゆるデータが繋がる社会に向けて、より未来志向の金融インフラに関する検討も進めて参る。金融、非金融の垣根がますます低くなっていることを踏まえ、さまざまなステークホルダーとオープンな議論をしていきたい。
 第三の柱は、「グローバルに通用する健全かつ強靭な金融システムの整備」である。マネロン対策、サステナビリティ、バーゼルIII最終化など国際的なアジェンダが目白押しであり、わが国の金融システムがグローバルに通用する健全性および強靱性を実現することが一段と重要になってきた。その典型例がマネロン対策であり、来る第5次FATF審査を見据え、わが国の全ての銀行が一定以上のレベルに到達するよう、昨年設立した「マネー・ローンダリング対策共同機構」を中心に、しっかりと会員行をサポートして参る。
 バーゼルIIIについては、わが国は国際合意に沿って最終化し、すでに適用が開始されているが、米英では内容や適用時期をめぐる議論がまだ決着していない。金融システムがグローバルに結び付く現在、金融の危機の波及やリスクの偏りを防ぐうえでは、各国地域がしっかりと足並みを揃えることが重要である。
 以上、就任に当たっての抱負を申しあげたが、1985年、バブル前夜に銀行に入り、その後の社会人人生がバブルの隆盛と崩壊、そして「失われた30年」とそのまま重なる私としては、決して、これを先延ばしにして「失われた40年」にすることなく、我々の世代で決着をつけ、次の世代に明るい未来を託すことを固く決意している。
 現在の日本経済は再成長に向けたまさに千載一遇のチャンスを迎えており、銀行界として、その実現に向け全力を尽くす所存である。皆さま方にはご支援、ご協力のほど、何とぞよろしくお願い申しあげる。