2001年2月20日

西川会長記者会見(住友銀行頭取)



(問)
 わが国の景気動向について、伺いたい。先のG7声明では、「日本では、物価の下落が続き、下方リスクは残っている」といった表現が盛込まれ、政府の月例経済報告、日銀の金融経済月報、いずれも景気の減速感を強調した内容となっており、内外からわが国経済に今何が起こっているのかといった強い関心が寄せられている。経済の血液である金融を担う銀行から見た景況感はどうか。
(答)
 わが国の景気については、一部では、既に後退局面に入っているという見方もあるが、私は鉱工業生産や設備投資の動き、さらにその先行指標である機械受注やソフトウェア受注額の動向から見ると、景気は依然として緩やかながら回復局面にあると認識している。 もっとも、これまでも申しあげてきたが、昨年後半以降、米国経済の減速、それに伴う東アジア景気の減速が現実化する中で、わが国の輸出数量も減少傾向へ転換している。さらに、最近の株価下落が企業や消費者のマインドを後退させはじめており、とくに現下の景気を支えている設備投資への悪影響が懸念されるという状況にある。このような事情を考えると、景気の回復ペースは減速傾向が強まりつつあるというのが現状であると見ている。 先行きについては、一言で申しあげると、今、申しあげた要因がマイナスに作用するわけであり、基調としては減速傾向が強まり、ダウンサイド・リスクが高まってくるという懸念がある。しかし、米国景気が、金融緩和やこれから行われる減税の効果が現れることに伴って、年央以降持ち直しに向かうことを前提に考えると、景気のスパイラル的な悪化は回避できると見ている。

(問)
 物価の下落が続いていることについて、デフレの局面に入ってきたという議論があるが、どう考えるか。
(答)
 物価下落の要因としては、2つある。 一つは生産性の向上や海外からの低価格品の輸入により、価格が下がるということ。もう一つは需要不足・供給過剰という需給要因により、価格が下落するということである。現在はこの二つが入り交じった状況にある。 物価下落は国民生活から見れば、実質賃金が上昇し、生活コストは下がるという点で、プラスと言えようが、借入金があれば、その負担が増大するというデメリットがある。また、企業サイドから見ると、名目成長がマイナスになるということは、売上高が減少するということであり、貸出に関しても、資金需要が減少し残高が減少する。これは雇用や所得環境の悪化に繋がりかねず、経済全体で見ると大きな問題ということであると思う。

(問)
 日銀が2月9日の政策決定会合で打ち出した公定歩合の引き下げとロンバード型貸出しという新しい貸出し方式が金融システムに与える効果・影響について、また、金融の量的緩和などさらなる金融政策の必要性について伺いたい。
(答)
 2月9日の政策決定会合で決定された公定歩合の引き下げと流動性供給方法の改善策は、わが国の景気の先行き不透明感が強まってくる状況下、きわめて選択肢が少ない中で、金融面から景気回復を下支えしていくという方針を示されたという点において、時宜を得た適切なものであると思う。金融機関経営という観点から申しあげると、日本銀行も指摘されているが、例えば、無担保コールの翌日物金利が一時的に跳ね上がっても、ロンバート型貸出制度により、金融機関は公定歩合で借入れることができるという点で資金繰りの安定化に資するものと考える。また、公定歩合の引き下げとロンバート型貸出制度の新設によって、短期市場金利が公定歩合をアッパー・リミットとして安定してくるという効果もあり、金融市場の安定や実体経済の安定化に繋がるという期待が持てるものである。量的緩和を求める意見については、物価下落への対応という意味合いもあろうが、単に量的緩和を進め、流動性をさらに潤沢に供給するだけで、物価の問題を解決できるかという点については、個人的には疑問に思っている。やはり、個人消費や投資などが回復しないことには、流動性供給を拡大し、銀行貸出を増やしても効果は出ない。両者があいまって経済の活性化に繋がっていくと、個人的には考えている。

(問)
 金融機関の抱える不良債権の最終処理について伺いたい。G7の中でも議論があり、また柳沢金融担当大臣などが、日本の金融機関は不良債権をバランスシートから切り離すことが遅れているのではないか、それが収益改善を遅らせている要因となっているのではないか、と発言している。このような議論が内外で強まっている状況であるが、この件について、会長の見解を伺いたい。
(答)
 不良債権の最終処理の前段階として、引当という財務面の手当てがある。これは、金融検査マニュアルに基づいて資産の自己査定を行ったうえで、その資産の状況に応じて適切な会計上の処理を行うものである。このプロセスについては、それぞれの金融機関内部の独立部署が監査を行うとともに、外部の会計監査や当局の検査といった第三者のチェックも入る。したがって、現在の資産の状況に応じて適切な引当が行われ財務面の不良債権処理はきちんと行われており、不良債権が引当金あるいは担保を残したままバランスシートに残っているからといって、健全性の点で問題があるとはならないと思う。また、そういう状態であるからといって、金融機関の金融仲介機能が弱まっているかというと、現在は、自己資本比率は概ね11%台後半という高い水準にあるので、クレジット・クランチが起きるという状況にはない。 ただ、私自身も従来から申しあげていることであるが、不良債権問題の決着というのは、最終処理、すなわち不良債権をバランスシートから切り離すことで初めて終わるというものであり、その最終処理を急がなければならないというのは当然のことである。この点については、各行ともこれまでも懸命に資金回収を含めて最終処理に向けて努力を重ねているところである。 住友銀行の例であるが、不良債権が急増しはじめた平成4年度以降平成12年度上期までに実施した不良債権処理の8割方が、直接償却等によって最終処理を終えている。それにもかかわらず、残高が捗々しく減少していないのは、やはりその後の景気の長期低迷や、10年間も続く地価の下落の影響により、不良債権が新たに発生してきたからである。かつてに比べれば、特殊なケースを除き、金額的には大幅に減少しているとは言え、毎期新たな不良債権の発生が起きているということである。したがって、なお一層、最終処理に向けて努力し、これを一段と加速していくことが必要である。 いずれにせよ、バランスシートに大きな金額の不良債権残高があることで、それに対する引当金や担保があり保全率が何%であると申しあげても、残高そのものが一つの不安要因と見られており、このような状況で昨年後半以降のような株価の下落があると、とかく98年の金融危機の再来ではないかという短絡的な見方も出かねない。ご指摘のとおり、最終処理を一層加速していかなければならないと考えている。

(問)
 最終処理の問題については、今朝の閣議後の記者会見においても、柳沢金融担当大臣が、銀行から最終処理に踏み込めない理由などを聞いて、その障害は取り除くといった発言をしている。また、言われている中では、最終処理を進めると、取引先の企業の経営に影響を及ぼす一方で、銀行経営者は経営責任が結局問われることになるのではないか、といった議論も出ている。住友銀行では、8割方直接償却を終えているということであるが、踏み込めない理由は、健全化計画の存在等の他にどういったものがあるか伺いたい。
(答)
 先程、住友銀行のケースを例にあげて数字を申しあげたが、これは何も住友銀行だけが進んでいるということではなく、概ね各行とも同じような状況ではないかと推測されることをお断りしておきたい。 最終処理を行うということになると、債務者たる貸出先の企業に問題が生じるのは当然のことである。債権分類で申しあげれば、破綻先や実質破綻先は問題外であり、直接減額という方法等によりバランスシートから落としている。問題は、破綻懸念先、それに次ぐ要管理先、また要注意先のいくつかについてどう対処するかということである。まず必要なのは、銀行もこれらの問題先について、銀行なりの見極めをつけることである。ただ、銀行が見極めをつけたからといって貸出先企業が必ずそれに従うというものではない。我々が見極めをつけると同時に、貸出先企業においてもリストラや事業再編などについて自らの責任において決断をしていただかなければならない。これは、従業員の雇用、給与等の問題をどうするかという、大きな痛みを伴うものである。同時に、一つの企業が一つの銀行からのみ借入れを行っているのであれば、一対一の話し合いで済むが、通常、企業は数多くの金融機関から借入れをしている。その借入金に傷がつかざるを得ない場合、それをどうするか、どの銀行に負担をお願いするかといったことは企業にとっても悩ましい問題であり、企業の経営者はそれらを含めて決断していただかなければならない。それに従って銀行もできる限りの協力をしていくこととなる。 柳沢大臣が貸出先企業をまるごと清算するのではなく、収益の上がる部分と上がらない部分を切り分けて、上がる部分は生かし、上がらない部分は清算するという方法もあるとおっしゃっているが、そのとおりであり、我々も、新旧勘定の分離や収益の上がる部分について事業譲渡をしたり、あるいは新会社を設立しそちらに移し旧会社は清算をするといったことについて、従来から意見やアドバイスを行っている。そういったことを行いながら、最終処理を進めるということであろう。

(問)
 先ほどの柳沢大臣の話に関連し、経済産業省、国土交通省、金融庁で連絡会を作り、産業と金融の一体再生を検討しようとのことである。これは思い起こすと、西川会長が個人的意見として以前言った「ゼネコンも再編の対象外でない」ということと似通ったところもあると思う。こうした取組みについてどう考えるか。また、どういうことをやればよいと考えるか。
(答)
 産業再生と金融再生すなわち金融機関の抱える不良債権問題の解決あるいは問題債権の解決を、車の両輪であるとされる柳沢大臣の考えはごもっともなことと考える。ただ、先ほども申しあげたとおり、これはあくまでも貸出先である企業に決断していただかないことには、銀行はアドバイスや意見を申しあげることはできても、強制することはできない。経営権はあくまでも、貸出先企業が持っている。しかし、当該企業の属する業界を管轄する経済産業省、国土交通省といった関係省庁がその業界の構造改革のために再編のグランド・デザインを描いたり、再編のインセンティブを与えることができるのであれば、それを明示していただくことは、企業のリストラ、企業再編、あるいは事業再編を促すという点で有効であろうと考えている。銀行としてもそういった動きに対してはいろいろな形で協力ができると思う。

(問)
 来年度からの時価会計導入前に、この3月期決算を赤字決算にして、不良債権処理を前倒しで行い、バランスシートをきれいにした方が良いという議論もある。赤字決算を行うことについてどう考えるか。
(答)
 それは個別銀行の経営問題の話であり、この場で私がとやかく申しあげることは差し控えたいと思う。ただ、赤字決算という場合は不良債権処理が関係してくることが多いと思うが、不良債権処理は先送りすることができないものである。先程申しあげたとおり、引当処理は自己査定に基づいて行わなければならないものであり、このことと決算の姿あるいは配当の問題というものをリンクさせて、決算が悪くなるから、あるいは配当ができないから、不良債権処理を見送るとか先送りするということはできないということである。

(問)
 公的資金注入行については、赤字になれば政府からの業務改善命令が出ることになるが、それは仕方がないということか。
(答)
 それは状況によるのではないかと思う。基礎的な収益が計画以上に上がっている、あるいは計画どおりに上がっている半面、一時的な要因で赤字決算になる、例えば不良債権の早期処理というような要因で最終損益が一時的に悪化するというケースについても、ただ最終損益が赤字になるというだけで業務改善命令ということになるのかどうか。このところは、当局にも十分実態を見ていただく必要があるのではないかと、個人的には思う。杓子定規にやるということが、果たして金融システムの安定という観点からみて良いのかどうか、そこは話し合う余地があるのではないかと思う。

(問)
 不良債権処理を行う必要がある以上、配当可能利益等の問題をさておいても、健全化を進めなければならないという認識か。
(答)
 不良債権処理とその結果の問題は、切り離して考える必要があると思う。

(問)
 不良債権の最終処理が、銀行経営者の経営責任を追及される心配があるという理由で遅れる可能性はあるのか。
(答)
 それはそれぞれの銀行の経営陣の判断ということであるから、一概に申しあげることはできないが、実際にそういうことがあるとは考えられない。

(問)
 先程、銀行は企業の動きを見て、それに対して不良債権処理という形で応じていくと言っていた。銀行と貸出先である企業は表裏の関係であることを承知のうえで伺う。実際には、イニシアチブが銀行側にある場合もあるのではないか。
(答)
 銀行側の決断だけでできるものではない。 先程も申しあげたように、貸出先企業には、従業員も株主もおられるし、借入金についても1行だけではなく複数行からある。 こういう状況であるから、主力銀行であっても、その判断だけで動かすということは難しいと思うし、筋としてもおかしいと思う。

(問)
 森首相について、原潜事故の際の対応ぶりやゴルフ会員権の問題等を通じて、不信任の声が高まっており、与党内でも退陣論が強まっているという状況である。立場上答えるのは難しいことは承知のうえで伺う。政治の安定を望むというのが常日頃の会長の発言かと思うが、支持率が10%にも満たないような首相が政権を維持するのはどうかという議論もある。 こうした世の中の動向を踏まえ、改めて、この点について会長に見解を伺いたい。
(答)
 私は政治に関しては一国民に過ぎないので、回答は差し控えさせていただきたいが、一般論として申しあげれば、政局が不安定化してくる、あるいは政局を不安定化させるような問題が生じてくると、例えば、株価にも大なり小なりマイナスの影響を与え、企業マインドや消費者マインドの低下を通じて経済にも大きな影響が出てくるため、我々としては常に政局の安定を強く望んでいるということを申しあげておきたいと思う。そういった不安定要因がある場合には、なるべく早期に取り除くことが必要ということになろう。

(問)
 金融政策について、金融緩和をさらに実施したところで物価の下落傾向が改善できるとは思えないと言われたが、新たな需要喚起策として補正予算の編成などが必要と考えるか。
(答)
 今、本予算が審議中であり、この成立がまずもって重要であるということであって、それ以上のことは今申しあげられないが、今、我々国民が年金の問題やあるいは医療の問題等、様々な面で先行きに不安を持っているということは間違いのないことと思う。 その背景には財政構造改革が遅れているということがあると思う。今直ちに歳出削減あるいは増税を実施できる状況にないということは明らかであるが、将来の改革のデザイン、実施のスケジュールを明示していただくことによって、年金や医療についても大丈夫であるというメッセージを国民に送っていただくといったことが重要ではないかと思う。