
2050年カーボンニュートラルの実現に向け、世界的に脱炭素の取組みは進展してきました。一方で、エネルギー安全保障や産業競争力への配慮、地政学的リスクの高まりなどを背景に、脱炭素への道筋は一層複雑さを増しています。特に、鉄鋼、化学、電力、輸送といった高排出セクターにおいては、技術開発や既存インフラの入替え、コスト負担の問題があり、一足飛びに排出削減を実現することは現実的ではありません。セクターごとの課題の違い、産業連関や地域特性も踏まえつつ、短期・中長期の時間軸に沿った現実的な「移行(トランジション)」をいかに着実に進めるかが問われています。
こうしたなかで、金融機関に求められている役割は、単に資金を供給することにとどまりません。企業の移行戦略を理解し、課題や制約条件を共有しながら、対話を通じて実行可能な道筋をともに描き、長期にわたり伴走していくことが重要になっています。すなわち、脱炭素に向けた継続的なエンゲージメントこそが、トランジション・ファイナンスの実効性を左右する中核的な要素だと考えています。
MUFGでは、気候変動対応を経営の最重要課題の一つに位置づけ、投融資ポートフォリオ全体のネットゼロに向けた取組みを進めてきました。その中で特に重視しているのが、高排出セクターのお客さまとの経営レベルでの対話です。排出削減目標の有無にとどまらず、技術選択、投資計画、事業採算性、さらには政策動向やサプライチェーン全体への影響まで含め、長期的な視点で議論を重ねています。こうした対話を通じて、企業が直面する現実的な制約を踏まえつつ、脱炭素と企業価値向上を両立させる道筋を、ともに探ってきました。
また、個社単位の取組みだけでは解決が難しい課題も少なくありません。技術の経済性確保や価格転嫁、サプライチェーンの確立、国際的なルール整合といった論点については、産業横断での対話や連携、官民対話、さらには国際的な議論への参画といったことが不可欠です。
MUFGでは、こうした課題意識のもと、2022年から毎年「トランジション白書」を発刊し、日本の産業や金融が直面するトランジション上の論点を整理してきました。2025年度には「トランジション白書4.0」を発刊しました。各国・地域の政策・投資動向を整理のうえ、国内外の政策当局、金融機関、産業界との対話を重ねています。これは、日々のお客さまとのエンゲージメントを通じて得られた現場の知見を、個社の枠を超えて産業横断・国際的な議論へと拡張する試みでもあります。
さらに、金融機関には、対話と並行して、具体的な資金面での支援を通じてトランジションを後押しする役割が求められます。MUFGでは、トランジション・ファイナンスやサステナビリティ・リンク・ローンに加え、公的資金と民間資金を組み合わせたブレンデッド・ファイナンス、新技術の社会実装支援など、多様な手法を活用しながら、お客さまの移行を支援してきました。こうした取組みは、単なる資金供給にとどまらず、エンゲージメントを通じて描いた移行戦略を実行段階へとつなげるものです。
今後、脱炭素への取組みは、必ずしも直線的に進むとは限りません。しかし、実体経済のトランジションを止めることなく前進させるためには、金融機関が「対話と支援」を軸に関与し続けることが不可欠です。企業とともに悩み、考え、解決策を見出していく。その積み重ねこそが、持続可能な脱炭素社会への確かな一歩になると信じています。