2022年7月 1日

一般社団法人全国銀行協会
会長 半沢 淳一

会長就任挨拶

 三菱UFJ銀行の半沢です。このたびの理事会において髙島前会長から引き継ぎ全国銀行協会の会長を務めることとなった。皆さまのご支援を賜りながらこの大役を全うできるよう努めていくので、どうぞよろしくお願いしたい。

 就任に当たっての抱負を申しあげる前に、この場をお借りして髙島前会長に一言御礼を申しあげる。
 振り返ると、昨年度はコロナ禍やウクライナ紛争、歴史的な資源高など不測の事態が次々と発生した。こうしたなか、髙島前会長は、過去からの諸課題に加え、足元で顕在化してきた各種リスクに対し正面から取り組むなど、銀行界をけん引いただいた。そのご功労に、心から敬意を表するとともに、厚く御礼を申しあげる。

 まず、わが国銀行界を取り巻く環境を概観する。世界経済は、コロナ禍により一時低迷していたが、主要国では「ウィズコロナ」を前提とした経済の正常化が進みつつあり、それを受けた個人消費の改善などの効果により、回復に向けた道筋も見えてきた。一方、V字回復を遂げていた中国では、ゼロコロナ政策のもとで、主要都市のロックダウンが実施されるなど、経済を下押しするリスクが未だ存在している。加えて、コロナ禍以前より続く米中対立や、ロシアによるウクライナ侵攻により、地政学リスクを改めて認識せざるを得ない。これらをはじめとする複数のリスク要因が、エネルギー価格の上昇やグローバルレベルでの各種供給制約を加速させ、新興国を含めた世界的なインフレ圧力を高めるに至っている。そして、主要国では金融政策の正常化への移行も見られる状況にある。
 次に、日本経済に目を向けると、世界情勢と同様、各種行動制限の緩和を受け、サービス消費を中心とした改善も徐々に見えてきた。一方、ウクライナ紛争により、資源・食料などの他国依存への警戒感が一層高まっている。足元の円安環境とも相俟って、輸入価格の上昇を要因に、家計および企業の物価上昇にも影響を与えるなど、日本経済へのマイナス要素も認識せざるを得ない状況である。
 こうした認識のもと、今後、日本経済が持続的な成長を遂げていくには、気候変動や地政学リスク等への耐性の高いサステナブルな環境・社会の構築が不可欠であり、それには「人への投資」「無形資産への投資」によるイノベーションの創出が欠かせない。すでにお客さまは、ポストコロナを見据え、5年後、10年後、さらにその先における持続的な成長に向けた戦略を打ち出し、実行フェーズに至っている。銀行界としては、そのようなお客さまの挑戦に対し、経済の支え手として貢献して参る。
 以上、申しあげた環境認識を踏まえ、私は、今年度を、「サステナブルな環境・社会構築に向けて、新たな価値創造・成長への挑戦を支えていく一年」と位置付け、活動していきたいと考えている。具体的には、次に掲げる「三つの柱」にもとづき取り組んで参る。

 第一の柱は、「金融起点の多様なサービス提供を通じたお客さまや社会への貢献」である。わが国経済の持続的な成長と、さまざまな環境・社会課題解決のためには、私たちが多様なサービスの提供を通じて、お客さまの課題にしっかりと向き合うことが重要と考えている。
 まず、足元の資金繰り支援に、引き続き、最優先で取り組んでいく。そのうえで、事業再生に当たっては、本源的な収益力回復に向けた事業再構築に資するアドバイスの提供など、お客さまの経営課題解決を全力でサポートしていく。また、進めていくうえでは、政策金融機関とも協調していきたいと思う。
 次に、業務範囲規制の緩和を活用した、新しい価値の提供である。各行の取組みが中心となるが、お客さまの多様なニーズにお応えするため、昨年11月に施行された改正銀行法のもと、従来の銀行業務の枠にとらわれないサービスを提供していく。そして、サステナブルな社会構築に向けて、産業界と一体となり、カーボンニュートラルの実現に取り組むことも重要と考えている。ファイナンスにおけるサポートをはじめとして、お客さまの脱炭素に向けた取組みをあらゆる面で支えていく。
 加えて、かねてより銀行界としては、日本経済の持続的な成長には「貯蓄から投資へ」の移行が必要と考えてきた。そのようななか、政府は「新しい資本主義」において、本年末に「資産所得倍増プラン」を策定するとしており、その重要性が高まっている。そこで、NISAやiDeCoなどの投資運用に関する制度をより一層活用していただけるよう、制度自体の改善や税制改正に向けて、官民で連携して取り組んでいきたいと思っている。さらに、若年層をはじめとする、これから投資をスタートしようとする方々に対し、金融経済教育の取組みにも力を入れていきたい。
 また、資産形成を促進するには、さまざまな金融資産を合わせて提案できる態勢構築が、お客さまに最適な選択をしていただくうえで必要と考えている。フィデューシャリー・デューティーを意識した態勢の整備や、職員一人一人の意識向上への取組みに努めつつ、情報授受や商品提供態勢にかかる規制の見直しも引き続き要望して参る。
 さらには、日本経済の成長を促進し、また、投資需要を喚起する一環として、スタートアップ企業の創出を活発にする動きも必要である。起業を考える方々の背中を後押しすべく、経営者保証のあり方や、今まで以上に事業力や将来性に着目した支援のあり方などの検討にも貢献して参りたいと思う。
 そのほか、社会や企業を支える「人材」は、持続的な社会構築に不可欠である。私どもとしても、人的資本にかかる考え方の発信や、開示に関する議論への参画を通じて、「人」の成長が「社会・企業」の成長へと繋がる好循環の創出に貢献していきたいと思う。

 続いて第二の柱は、「デジタル化を踏まえた安定的かつ利便性の高い金融インフラの実現」である。これまで銀行は、自然災害時にも決済ネットワークの維持に努めることで、日本社会に欠かせない金融インフラとしての強靭性を確保してきたと自負しており、これは今後も変わらぬ使命である。また、IT化の進展に伴い、さらに利便性が高く、多様なサービスが求められていると理解している。私ども銀行界もそれにお応えし、社会の効率化に貢献していきたいと考えている。
 具体的には、全銀システムにおける資金移動業者等との相互運用性確保に向けた議論を進めていく。この秋には電子交換所も開設する。手形・小切手の完全電子化に向け着実に施策を進めて参る。加えて、デジタル社会の実現に向け、企業間取引の契約とそれに付随する決済において、全銀EDIシステムの活用を含む具体策について検討し、社会全体の効率性向上に繋げていきたいと思う。一方、デジタル化による利便性追求だけではなく、不正送金や暗号資産等の新たな技術を利用した金融犯罪被害に対しても、信頼の維持に努めていきたいと考えている。
 このほか、中央銀行デジタル通貨およびNFTの利用等におけるWeb 3.0の推進や、それに向けた環境整備に関する議論にも積極的に意見発信して参る。

 最後に第三の柱は、「健全性・信頼性を確保した強靭な金融システムの維持・向上」である。銀行界は、これまでもグローバルベースで安定的かつ健全な金融システムの維持・向上に努めてきた。将来にわたっても、皆さまから信頼され、強靱性を兼ね備えた金融システムの向上に努めることで、その期待に応えていきたいと思う。
 具体的には、まず、FATF第4次対日相互審査の結果への対応である。わが国が「重点フォローアップ国」に分類されたことを踏まえ、官民連携で国際的水準から見ても、信頼に足る金融システムの構築を目指していく。また、近年、ますます顕在化しているサイバー攻撃の脅威、重要物資の他国依存やそれに伴う供給リスクなどに対し、5月に公布された経済安全保障推進法に則った適切な運営を行い、基幹インフラの強化やサプライチェーンの強靱化に貢献していきたい。
 そのほか、国際金融規制の継続的な諸課題への対応や、金利指標改革における一層の透明性・頑健性を確保した指標構築に向けても、しっかりと取り組んで参る。

 以上が私の会長就任に当たっての決意だが、最後に改めて本年度の基本方針に込めた思いをお伝えする。基本方針は、「サステナブルな環境・社会構築に向けて、新たな価値創造・成長への挑戦を支えていく一年」と申しあげた。足元は、パンデミックリスク・地政学リスクなど、複数かつ多様に絡み合うリスクが顕在化し、先行きが不透明な状況と理解している。このような状況下、サステナブルな環境・社会を構築するためには、リスクの顕在化や危機の同時多発にも耐え得る強靭さの確保と、新たな価値創造や成長への挑戦を可能とする社会環境の整備が不可欠と考える。銀行界もお客さまからの「信頼」の根源となる「安心・安全」の確保を普遍的な役割と認識のうえ、日本経済を成長軌道に乗せていく支え手として、その責務をしっかり果たすことが極めて重要と考えている。
 このような考えのもと、銀行界が諸課題に向き合い、自ら挑戦していくことこそが本年度の最大のテーマと捉え、私自身、全銀協会長として、銀行界の先頭に立って取り組んでいきたいと考えている。皆さまのご支援とご協力を頂戴しながら、誠意をもってこの責務を全うして参る。何卒よろしくお願いしたい。