2023年4月 1日

一般社団法人全国銀行協会
会長 加藤 勝彦

会長就任挨拶

 みずほ銀行の加藤です。このたび、半沢前会長から引き継ぎ、全国銀行協会の会長を務めることになった。皆さまの支援を賜りながら、この大役を全うすべく進めて参るので、よろしくお願いしたい。

 就任に当たっての抱負を申しあげる前に、この場をお借りして、半沢前会長に一言御礼を申しあげたい。
 振り返ると、昨年度は、ロシアによるウクライナ侵攻に起因する供給制約、エネルギー・食料等の価格の高騰、労働需給の逼迫等を背景に、世界的にインフレ圧力が高まった。こうした背景から、各国で大幅な金融引締めが実施され、それを受けた日米金利差拡大を背景として、歴史的な円安も記録した。
 こうした中、半沢前会長は、持ち前のリーダーシップを発揮して銀行界をけん引いただき、多岐にわたる課題の解決に取り組んでこられた。そのご功労に心から敬意を表するとともに、厚く御礼を申しあげる。

 さて、改めて、わが国銀行界を取り巻く環境を概括する。まずは、3つのメガトレンドについて申しあげる。
 1点目は、人口構造の変化である。昨年、世界の人口が80億人を超えた一方で、日本は出生数が初めて80万人を割るなど、少子高齢化が一層進行しており、労働人口の減少、人手不足が深刻化している。
 2点目は、サステナ意識の加速である。気候変動リスクの高まりやコロナ禍が、環境・社会課題をより身近なものにし、人々の価値観を変容させ、共創意識の醸成も加速している。
 3点目は、デジタル技術の進展である。デジタルの利便性は、新たな価値観やニーズを生み、コロナ禍の新しい働き方や行動様式への変化も下支えしている一方で、社会全体としてデジタルへの依存度は高まっている。
 こうした中で、ロシア・ウクライナ問題、米中対立をはじめとする地政学リスクの高まり、対立構造の先鋭化は、サプライチェーンの分断やフレンド・ショアリング等の動きを生んでいる。
 他方で、デジタルの世界では、国境を越えて情報や価値の流通・人的な交流が加速する等、グローバル社会は複雑化している。
 そして、これらメガトレンドの進行とグローバル社会の変容は、経済社会にエネルギー供給懸念や原材料価格、賃金高騰など、世界的なインフレ圧力をもたらし、各国に金融緩和からの政策の転換を突きつけた。
 主要地域の足元状況を見渡すと、米国では政策金利引上げに伴い、金利感応度の高い住宅投資が減少しているほか、IT投資を中心に設備投資が弱含む等、金融引締めの影響は徐々に顕在化し始めている。
 欧州でも、エネルギー問題は想定内に収まったものの、依然高水準のインフレにより消費は低迷、賃金インフレの懸念から金融引締めが維持されている。
 そして足元、ご案内のとおり、米地銀の破綻やクレディ・スイスに対する経営不安など、一部、金融引締めの影響とも見える事象も発生している。
 中国は、ゼロコロナ政策の解除によりサービス消費中心の回復が期待されているが、不動産市場の低迷は依然続いている。
 翻って、わが国の状況だが、日本は経済再開のタイミングや半導体不足等の影響で、欧米に比べてコロナ禍からの回復が遅れていた分、回復余地があり、緩やかな成長が見込まれる。その反面、先ほど述べた欧米の政策金利引上げによる景気減速や中国不動産市況低迷等は、日本経済にとっても懸念事項であり、今後の賃上げの動向や金融政策の効果・影響等も含め、先行きが不透明な状態は続いている。
 こうした人口構造の変化、気候変動や地政学リスクの高まり、それらから派生する諸問題等により先行きが不透明な状態において、将来不安を払拭すべく、政府も新しい資本主義を掲げ、総合経済対策をはじめさまざまな施策を打ち出している。こうした動きにアラインし、わが国が抱える諸問題の解決に向けて、金融面、非金融面からしっかり支えていくことが、我々銀行界の責務と考えている。
 今述べたような環境を踏まえ、私は今年度を「社会・経済の持続的な発展を支え、明るい未来に繋げる1年」と位置付け、活動していきたいと考えている。具体的には、次に掲げる3つの柱にもとづき取り組んでいく。

 第一の柱は、「経済の持続的成長と社会的課題解決への貢献」である。具体的には、アフターコロナや物価高騰等を踏まえた中小企業支援に、引き続き全力で取り組んでいく。政策金融機関とも連携した資金繰り支援や、事業承継・事業再生支援・地域活性化等に、金融仲介機能、金融コンサルティング機能を発揮していく。また、日本経済のダイナミズムと成長を促す鍵となるスタートアップ企業等へのリスクマネーの供給や、事業力や将来性を踏まえた支援のあり方の検討、経営者保証に依存しない融資慣行の一層の推進に取り組んでいく。
 加えて、家計の安定的な資産形成を図るための資金の好循環の実現に向け、若年層等への金融経済教育、NISA制度の恒久化・拡充を踏まえた推進強化、フィデューシャリー・デューティーの徹底等にも注力していく。
 最後に、サステナブルな社会の構築のため、サステナブルファイナンス等の取り組みを通じ、お客さまの脱炭素・カーボンニュートラルに向けた構造転換を支援していく。

 続いて、第二の柱は、「デジタル技術進展を踏まえた安心・安全で利便性の高い金融インフラの構築」である。人手不足問題の深刻化や、コロナ禍で加速した価値観・行動様式の変化に対応すべく、デジタル技術を積極的に活用し、より安心・安全で利便性の高い金融インフラの構築を目指す。具体的には、手形・小切手機能の全面的な電子化による企業等の業務効率化、税・公金納付・収納の効率化を通じた納付者の利便性向上、地方公共団体等の事務負担軽減のほか、Web3.0の推進、中央銀行デジタル通貨等に関する議論にも積極的に参画していく。
 また一方で、社会全体のデジタル技術への依存度の高まりを踏まえた各種リスクへの備えも重要である。不正送金や暗号資産等の新たな技術を利用した金融犯罪被害の防止や、近年、脅威・被害が拡大しているサイバー攻撃への対策等の取り組みを通じ、利用者の安心・安全の確保に努めていく。

 最後に、第三の柱は、「金融システムの健全性・強靱性向上」である。地政学リスクの高まりや、それに伴う新しい経済圏・供給網構築の加速等、グローバル社会の変容等を踏まえ、金融システムのさらなる健全性・強靱性向上を目指していく。具体的には、昨年度設立したマネロン対策共同機構の活用等、業界全体としてのマネロン対策の対応力強化、経済安全保障推進法に係る対応を通じた基幹インフラ役務の安定的な供給の確保等の取組みを進めていく。そのほか、国際金融規制に係る諸課題への対応や、金利指標改革への対応を通じ、今後、再び訪れるかもしれない金融危機への備えにも、予断を持たず取り組んでいく。また、人的資本等の非財務情報の開示強化への対応を通じ、会員各行の企業価値向上を図っていく。

 以上が今年度の取組み課題だが、最後に改めて、今年度の基本方針に込めた思いを伝えたい。
 基本方針は、「社会・経済の持続的な発展を支え、明るい未来に繋げる1年」と申しあげた。今年は、わが国最初の銀行である第一国立銀行の開業から150年の節目の年である。これまで、銀行は長年にわたり日本の成長に貢献してきた。足元を見ると、人口構造の変化、気候変動や地政学リスクの高まり、それらから派生する諸問題等により、先行きが不透明な状態が続いている。今後も、銀行が社会・経済の持続的な発展を支える存在であり続けるために、諸問題に向き合い、1つでも多く解決の道筋をつけ、将来不安を払拭して明るい未来に繋げたい、そういった思いを込めた基本方針である。
 私自身、全銀協会長として銀行界の先頭に立ち、この責務を全うしていくので、ご支援とご協力のほど、何とぞよろしくお願いしたい。