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2025年4月 1日
一般社団法人全国銀行協会
会長 半沢 淳一
会長就任挨拶
三菱UFJ銀行の半沢です。
福留前会長からバトンを受け継ぎ、今年度、全国銀行協会の会長を務めることとなった。メディアの皆さまをはじめ、関係者のご支援を賜りながら、大役を全うすべく全力を尽くしていく。よろしくお願い申しあげる。
就任の抱負を申しあげる前に、福留前会長への御礼を申しあげたい。振り返ると、昨年度は、好調な企業業績を背景に、大規模な賃上げが実現するなど、日本経済に前向きな動きがはっきりと見られ始めた。一方で、世界では、地政学的な対立が続き、国政選挙の多くで既存政権に厳しい結果が示されるなど、先行きへの不透明感も残る環境だった。こうしたなか、福留前会長には、資産運用立国等の重要政策と方向性を一にし、家計の資産形成の推進や事業者支援の強化といった重要テーマにおいて、銀行界を力強く牽引いただいた。ご尽力に心から敬意を表し、感謝申しあげる。
ここからは、わが国銀行界を取り巻く環境の概観について述べる。世界経済では、金融引締め等の政策対応によって、インフレは鎮静化に向かっており、足元では金融政策も緩和方向に転じている。労働市場や所得の拡大が支えとなり、成長への回帰を模索している段階にある。一方、米国での関税引上げが報復関税の応酬につながり、自由貿易が停滞するリスクも強まっているほか、不動産市場の低迷が続く中国経済や、地政学的不安定さ等のリスク要因もあり、警戒を緩めることはできない。
翻って、日本経済では、「失われた30年」と称された長期停滞から抜け出し、自律的、持続的な成長軌道への回帰を目指す動きが随所に見られている。かつてわが国では、長引くデフレのなかで、コストカットの動きが強まり、縮小均衡とも言える経済環境が定着していた。足元では、高水準の企業収益に物価の上昇が加わり、過去30年間見られなかった規模で賃金が拡大している。
こうしたなかで、企業は社会課題の解決と先々の成長を生み出す投資、家計は将来の豊かな生活を支える資産運用に積極的になりつつある。未来を見据え、価値創出型の成長モデルに移行していく大きなチャンスである。経済環境の好転に伴い、日本でも、金利のある世界が訪れている。銀行界は、これまで長く厳しい低金利環境に直面するなかで、コスト削減や効率化を徹底して進めてきた。経済環境が転換し、日本全体が前向きな動きに向かいつつある今、銀行界としてこれまで以上に社会やお客さまに向き合い、提供するサービスの質や課題解決力、提案力を高めることで貢献を強めていく。
以上の環境認識を踏まえ、今年度を、「日本の成長加速と社会課題解決に貢献し、活力あふれる未来への礎を築く1年」と位置づけ、全銀協活動を進めていきたいと考えている。具体的には、これから述べる3点を活動の柱として取り組んでいく。
第1の柱は、「インベストメントチェーンの活性化を通じた『成長と分配の好循環』の加速」である。人口減少の継続が予想されるわが国で、持続的に成長し、豊かさを維持していくためには、大胆な投資を行い、生産性を高めていくことが不可欠である。GXやDX等で期待される成長投資をしっかりと発現させる。そして、巨額の資金需要を銀行による間接金融、資産運用業等における金融仲介、資本市場を介した直接金融など、総力を挙げてファイナンスしていく。これは、政府が推し進める資産運用立国の各種施策へ貢献していくことにほかならない。家計、企業、金融仲介からなるリスクマネーの循環を活性化し、回り始めた「成長と分配の好循環」を加速させることに全力で取り組む。
まず、経済の活力を生み出す源泉であるスタートアップ企業に対しては、本年2月に全銀協から公表した融資実務ハンドブックも活用し、会員行における支援を後押ししていく。スタートアップや企業の再生局面等で活用が想定される企業価値担保についても、来年度の施行に向け、実務的な論点の議論を加速させていく。
持続的な成長、豊かな国民生活の維持には、エネルギーの安定的・効率的な供給が欠かせない。新たなエネルギー基本計画では、脱炭素電源を最大限活用しつつ、安定供給と経済性、脱炭素を同時に達成していく方針が打ち出された。銀行界では、サステナブルファイナンス等を通じ、カーボンニュートラルに向けた構造転換を支えていく。加えて、今後発生する巨額な投資需要をどのようにファイナンスするのか。オールジャパンで解決すべきこの難題にも、中長期的な視点で議論を重ねていく必要がある。
リスクマネーの出し手である家計に対しては、新NISAやiDeCoなど、多様な資産形成メニューをしっかりと提案していく。また、貯蓄から投資の一層の推進に向けて、制度面、税制面の改正が必要であれば、積極的に意見発信を行う。加えて、金融経済教育推進機構、いわゆるJ-FLECと連携し、幅広い方々を対象として、金融経済教育に継続的に取り組んでいく。
お客さまが安心して資産運用を行う大前提は、金融機関においてフィデューシャリー・デューティーが徹底されることである。今般、全銀協では、顧客本位の業務運営に関する原則、プロダクトガバナンスに関する補充原則にもとづく、製・販の情報連携のあり方について申し合わせを行った。これに沿って、金融商品の組成を行う業界との間で情報連携を進め、顧客本位の業務運営をさらに発展させていく。
これらの取組みを通じて、足元からリスクマネーの循環を太くしていくことに力を注いでいくが、より長い目、例えば10年後を見据えたあるべき金融仲介の構造やプレーヤー、制度に関しても考えていく必要がある。このほかにも、銀行界において、全ての従業員がパフォーマンスを最大限発揮できるよう、男女間賃金格差解消アクションプランを策定し、会員行を支援していく。
第2の柱は、「安心・安全で利便性の高い、時代に即した金融インフラの実現」である。決済をはじめとした金融インフラは、社会、経済を支える重要な基盤である。これまでも、これからも、安心・安全を備えた金融インフラ機能を提供していくことは変わらない。また、デジタライゼーションが進展し、AI等の新たな技術が登場するなかで、安全性だけではなく、利便性の向上も両輪で追求していく。
まず、手形・小切手の電子化について、本年3月に、2027年度初から手形・小切手の電子交換所での交換を廃止し、電子交換所システムの更改を行わない方針を打ち出した。産業界、金融界双方のコストやリスクの削減と生産性向上に向けて、これまでの取組みの総仕上げと位置づけ、施策を着実に進めていく。
全銀システムに関しては、2023年に発生したシステム障害の反省を踏まえ、組織体制や運営方法の強化、見直しを進めてきた。全銀システムの安定稼動を維持しつつ、本年11月のAPIゲートウェイの稼動開始への対応や、2028年にリリース予定の第8次全銀システムの開発に取り組む。
経済のデジタル化、アセットのトークン化の流れを背景に、中央銀行デジタル通貨やトークン化預金、ステーブルコインなどの議論が盛んになっている。こうした議論に積極的に参画するとともに、新たな決済手段やクロスボーダー送金との関係も含め、幅広い関係者とともに資金決済システムの将来像に向けた議論を始める予定である。このほかに、税・公金収納の効率化にも取り組んでいく。
三つ目の柱は、「健全かつ強靭な責任ある金融システムの維持・高度化」である。グローバル、日本の双方において、犯罪の種類や手口が多様化、巧妙化しており、健全かつ強靭な金融システムに対する社会的要請が、ますます高まっている。マネロン対策では、本日、マネー・ローンダリング対策共同機構を通じて、AIスコアリングサービスを開始した。不正利用口座対策に関しては、昨年8月に法人口座を介したマネロン防止に向けた取組事例集を会員宛てに展開した。今後、不正口座情報を共有する枠組みの構築を進め、業界全体の取組みの底上げを図っていく。また、年々増加する特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺、フィッシングに対応すべく、政府の総合対策に沿って、高齢のお客さまに対するATMにおける一部取引の制限等を進めていく。
昨年度は、三菱UFJ銀行の貸金庫事案をはじめとする不祥事が発生し、お客さまの信頼・信用を損なう事態を招いてしまったことを申し訳なく思っている。金融機関にとってビジネスの根幹となる、お客さまからの信頼を取り戻すべく、個別行として再発防止の取組みを着実に進めるとともに、そこで得た教訓や取組みを業界全体の底上げにも活かしながら、会長として先頭に立ち、業界対応を牽引していく。
このほかにも、カスタマーハラスメントに関する業界としての取組み、バーゼルIII等の国際金融規制の議論や、サイバーセキュリティへの対応、郵政民営化に関する適切な意見発信も行っていく。
最後に、基本方針に込めた思いを改めて説明する。環境認識のパートでも触れたが、日本経済は自律的・持続的な成長軌道に本格的に回帰できるかどうかの重要な局面にある。銀行界として、足元の好ましい変化を後押しし、マネーフローの要として、新たな成長モデルへの移行に貢献していきたい。また、グローバルには、やや不透明感が高まるなかだが、GX等の社会課題を解決することの重要性は不変である。より良い社会を築き、未来へつないでいくため、銀行界がなすべきことを見失わないよう、議論を重ねていく。
日本全体が未来へ希望を抱き、昨日より今日、今日より明日が良くなると信じて、前向きな挑戦を続けていく。そうした活力あふれる未来を実現するために、その礎を築く1年にしていきたいと考えている。皆さまのご支援をどうぞよろしくお願いしたい。