1999年6月15日

杉田会長記者会見(第一勧業銀行頭取)



(問)
 本年1~3月期のGDPの成長率が前期比1.9%増加したということが公表されたが、昨日の経団連今井会長の会見では、必ずしも楽観できないとのコメントがあった。会長は今後の景気の見通しについてどのようにお考えか。
(答)
 本年1~3月期の実質GDP成長率は前期比年率でプラス7.9%と、大方の予想を大きく上回った。これは、5四半期連続のマイナス成長からのリバウンドという面もあろうが、財政・金融両面からの景気対策や金融システム安定化策の効果が表れてきたことによるところが大きいと思う。 また、ミクロの面でも企業における在庫調整がほぼ完了し、リストラの効果などから企業の業績の悪化にも歯止めがかかりつつある中で、企業の景況感が上向き始めたことも明るい兆しと言えよう。 しかし、企業のバランスシート調整の進展に伴う失業率の上昇や機械受注の大幅減などをみると、現時点では景気の先行きについて楽観できる状況とも言い難い。こうしたなかで、11日に政府が発表した「緊急雇用対策及び産業競争力強化対策」が景気低迷の背景にある諸問題やマインド面の冷え込みを改善し、足元で広がってきた明るい動きをさらに力強いものとするためにも、大変大きな意味を持っていると考えている。また、このタイミングについても時宜を得たものとして評価している。 現在の景気の下げ止まりを、日本経済の再生と自律的な成長につなげていくためには、供給面を中心とする構造改革を通じて経済の効率性や生産性を高めるとともに、その過程で発生する雇用面への悪影響などをできる限り緩和していくことが重要だと思う。 今回の対策には、こうした課題に対処するための、様々な工夫が盛り込まれている。特に、注目しているのは雇用対策として、新産業の育成を通じた雇用機会の創出と、労働移動の円滑化を促す方向性が示されたこと、事業の再構築や成長分野への展開などを目指す企業の取り組みに対する支援策が幅広く打ち出されたことの2点である。これらは日本経済が新たなフロンティアを切り拓いていくうえで、大事なポイントだと思う。 ただし、こうした企業の取り組みは、あくまでも各企業の自らの責任の下で行われるべきものであり、政府に対する過度な依存やモラルハザードを回避する必要があることも忘れてはならない。 今後は、対策に盛り込まれた諸項目の実現に向けた、具体的な検討や法整備が速やかに行われ、それらがこれまでに実施された各種経済対策の効果とも相まって、日本経済を自律的な成長軌道に導いていくことを期待したい。  

(問)
 長銀の旧経営陣が粉飾決算で逮捕され、東京相和銀行が一度発表した決算内容を大幅に修正し、破綻に至ったり、東邦生命の決算に対して監査法人が不適法意見を出すなど、金融機関の決算そのものに疑念が生じているが、どう思われるか。 また、外部から見ていると、監査法人の監査のあり方が随分変わったという印象を持っているが、どう思われるか。
(答)
 長銀や東京相和銀行の件については、事実関係の詳細を知り得る立場になく、コメントは差し控えたい。 自己査定、償却・引当、監査といった一連の決算に係わる手順について、一般論を申しあげれば、早期是正措置が導入され、行政の銀行に対する検査・監督体制が事前監視型から事後チェック型へ転換するなど、銀行経営には、自己責任原則が徹底されることとなった。 このような状況を踏まえ、各行が自己査定の体制を整備し、また、償却・引当については、日本公認会計士協会のいわゆる「実務指針」に沿って個々の銀行が自己査定結果をもとに償却・引当を行い、その結果については、監査意見に反映されることになっている。この「実務指針」についても、金融検査マニュアル検討会の検討状況を踏まえた見直しがなされるなど、一層の整備が図られてきている。 そもそも、銀行の経営者としては、商法、銀行法、証券取引法等の法令を遵守して財務諸表を作成する義務があり、これを確実に履行してゆかねばならない。 なお、ご参考までに、当行について申しあげると、まず自己査定基準については、平成9年3月に発出された大蔵省通達「早期是正措置導入後の金融検査における資産査定について」の考え方に準拠した行内基準を作成しており、これに基づいて自己査定や償却・引当を実施している。また、平成10年度決算については、金融検査マニュアルや金融再生委員会の「資本増強にあたっての償却・引当の考え方」を踏まえた自己査定や償却・引当を行うといったように、適時適切な対応を行っている。 次に自己査定体制について申しあげると、先ほど申しあげた自己査定基準に従い営業店が行ったものを、審査セクションがチェックした後、営業・審査ラインとは独立した資産監査セクションがチェックし、さらにそれを外部監査法人がチェックするというように二重三重のチェックを行い正確性を期すといった体制を整備している。 以上のように厳格に対処しているところである。  

(問)
 新しいBIS規制の見直し案が公表されたが、これについて全銀協としてどのようにお考えか。
(答)
 まず、今回の見直し案が公表された背景であるが、これまで10年余りにわたり、国際的な銀行システムの健全性と安定性の強化に寄与してきた1988年の自己資本合意による自己資本比率が、この間における金融技術の進展等により、必ずしも実態のリスクを十分に反映しなくなってきたことがあるものと理解している。 新たな自己資本比率規制に関する枠組みは、3つの柱から構成されている。一つ目の柱は「1988年の自己資本合意の規制を発展・拡張させることを目的とした最低所要自己資本」であるが、ここでは、より実態の信用リスクを規制に反映させるためにリスクウエイトを細分化するともに、幅広く信用リスク減殺手段を容認することや、今まで自己資本比率規制に含まれていなかったリスクのうち主要なものをカバーすることなどが盛り込まれている。 二つ目の柱である「金融機関の自己資本充実度と内部評価プロセスの監督上の検証」、および三つ目の柱である「市場規律の効果的な活用」までを含めると、今回の見直しは規制の基本的なフレームワークにまで踏み込んだ、包括的なものであると言うことができるのではないかと思う。 「影響」という点についても気になるところであるが、市中協議案の内容には、まだ柔らかい部分や、これから詳細が公表される予定となっている部分もあり、現時点で論じることは難しいものの、ざっくりとした印象としては、規制としての要求内容はかなり高いものと感じている。  

(問)
 地域金融機関の破綻が金融システムに与える影響についてどう考えるか。また、今回、金融再生委員会が地銀、第二地銀に対する公的資金の導入基準を決めたが、特にその基準の中で8%の自己資本比率について、自民党が貸し渋りにつながるとクレームをつけている。その点も踏まえて、今回の導入基準についてどう考えるか伺いたい。
(答)
 第二地銀のいくつかが破綻したことは大変残念に思う。ただ、現在のところ、株価が比較的安定的に推移しているほか、いわゆるジャパンプレミアムもほぼ解消された状態が続いているなど、わが国の金融システム全体に対する影響は、限定的なものではなかろうかと思っている。 この背景には、昨年秋に制定された金融再生法・金融機能早期健全化法等により、金融システム安定化のためのセーフティーネットの仕組みが整えられ、このことが金融機関の破綻による金融システム全体への影響を最小限にとどめているということがあるものと理解している。 さらに、金融再生委員会から先般、「地域金融機関の資本増強についての基本的考え方」が公表された。このように金融システム安定化のための仕組みが整えられているなか、私ども民間金融機関としても個別行がそれぞれの経営判断のもとで経営の効率化、収益力の強化に努め、財務基盤の強化をはかっていくことが、金融システムを一層安定化させていくためには大変重要であると考えている。 金融再生委員会が公表した「地域金融機関の資本増強についての基本的考え方」には3つのポイントがある。第一に地域の中小企業に対する資金供給を考慮した、地域の実状に応じたものとすること、第二に、地域金融機関の信用供与の円滑化により企業活動や雇用状況など地域経済の活性化に資するものとすること、第三に地域金融機関の新たな再編を促進し金融システムの効率化を図るものとすること、などが示されている。国内基準行であっても今後発生し得るリスクにも対応できる水準までの自己資本増強などが謳われている。 これは、公的資金注入にあたっては、地域金融機関が不良債権の処理を基本的に終了した上で、十分な資本を確保し、円滑な資金供給を通じて地域経済の発展に貢献していくことが重要であるとの考えを示したものと理解している。 公的資金の申請を行うかどうかは、個別行それぞれの経営判断ではあるが、いずれにしても、地域金融機関が強固な財務基盤を維持し、地域の金融システムの安定化を図ることは、地域経済の発展にとっても重要なことと考えている。 今回示された「地域金融機関の資本増強についての基本的考え方」は、金融再生委員会が金融機能早期健全化法等の趣旨に基づき検討された結果であると理解しており、全銀協としては、公的資金の注入条件について論評する立場にはないものと認識している。  

(問)
 第二地銀の破綻が相次ぐなかで、ペイオフ解禁への不安感が高まり、ペイオフ解禁について考え直すべきとの声もあるが、改めて考えを伺いたい。また望まれるセーフティーネットのあり方についてどう考えるか。
(答)
 全銀協として正式に議論をしていないので個人的な意見であるが、2001年4月からのペイオフ実施については96年に預金保険法を改正した際に、公式に政府が示した既定方針であると認識している。私ども民間金融機関としては、2001年4月からのペイオフ実施に備え、一層、財務内容の強化に努め、金融ビッグバンを生き残る体質を作り上げていくことが重要と考える。 預金保険制度は、預金者保護および決済システムの安定性の確保という観点から、銀行預金に設けられたセーフティーネットの一つであると考えている。現在の預金全額保護のための様々な特例措置は、2001年4月以降法律上切れることとなっている。2001年4月以降の体制に実務上円滑に移行するためには何が必要か、また制度面の見直しが必要なのかも含めてを検討していかなければならない。具体的には、例えば、米国のP&A方式などを導入することはどうか、保険対象商品を見直す必要はあるか、保険料率の決め方について、特に可変的保険料率を採用すべきかなどは検討の対象になると思っている。このあたりについては、今後、金融審議会等の場で十分な議論がなされていくと期待するところであるが、我々としても機会があれば必要に応じて意見を申し述べていくこともあろうかと考えている。  

(問)
 BIS規制見直し案の「規制としての要求内容が高い」とのお話があったが、具体的にはどういうことか。
(答)
 今回の公開草案について、全銀協では正式に議論していないので個人的見解として申しあげる。 最低所要自己資本という部分について、これからいろいろ議論を深めていくわけだが、現実には企画委員会の下に設置している「自己資本比率規制問題検討部会」で内容を詳細に検討していく。 最低所要自己資本という部分についてどういう論点があるか申しあげると、一つ目は、今回提案された信用リスクのリスクウェイトが実態の信用リスクを自己資本比率に反映させるものとして適当であるかどうかということ、二つ目に、草案ではこれまで自己資本比率規制に含まれていなかったリスクのうち、銀行勘定の金利リスクなど、主要なものをカバーすることが盛り込まれているが、その論理性、客観性、運用の現実性等を踏まえ、これらをどのように規制に取り込んでいくかということが論点になると思う。三つ目は、草案では、信用リスクの減殺手段を幅広く認めていく方向を打ち出しているが、オンバランス・ネッティングや、クレジット・デリバティブによるヘッジなど信用リスク減殺の効果をいかに複雑な計算方法をとることなく、自己資本比率に適正に反映させるか、というような3つの論点がある。 これらについては、これからパブリックコメントをとりまとめるなかで議論を深めていくわけだが、以上の3つの点が最低所要自己資本についての議論になるかと思う。 パブリックコメントは2000年3月までとされているが、3月まで待つことなく早いうちに意見を取りまとめて、提示していきたいと思っている。  

(問)
 BIS規制見直し案では、信用度・格付けの低い融資先に対してはリスクウェイトを大きくするということで、結果的に中小企業等の信用度の低い融資先については融資が絞られるのではないかという懸念が指摘されているが、どのようにお考えか。
(答)
 個人的な見解として申しあげる。今回、リスクウェイトについて提案されているのは、それぞれ20%、100%、150%という区分であるが、わが国の中小企業の多くは外部格付けを取得していないと理解している。その場合リスクウェイトは現行と同じ100%が適用されることになっている。個別金融機関の資産構成によって異なることと思われるが、概して言えば、新たに提案されたリスクウェイトが、中小企業に対する信用供与に直接影響を及ぼすようなことはないのではないかと考えている。