2001年4月17日

西川会長記者会見(三井住友銀行頭取)



(問)
 先の緊急経済対策に銀行に対する株式保有制限の導入が盛り込まれた。亀井政調会長は株式保有制限を「行儀の悪い銀行から株を取りあげるものだ」と言っているが、一方で、早急な導入は経済構造に混乱を来たすとの指摘もある。導入と株式処分のスピード、保有制限の水準はどの程度が望ましいと考えるか。
(答)
 結論から申しあげれば、銀行に対する株式保有制限の導入の方向性自体は、私どもの経営判断と大きな相違はないと見ている。私ども銀行界としては、株価変動リスク削減のため、保有株式を圧縮することは、経営上の大きな課題であると認識し、これまでも自己責任のもとで、株式の売却を進めてきた。 したがって、銀行の株式保有について、基本的には、各行それぞれの経営判断に委ねられるべきものながら、株式保有を銀行のリスク・テイク能力の枠内に抑制するという方向性自体は、今申しあげたとおり、私どもの経営判断と、考え方としては大きな相違はない。 これを規制という形で導入することについては、私自身は、本来好ましくないと思うが、早急に銀行の株価変動リスクを削減すべきである、あるいは、わが国の株式持合構造の改革に繋げるという政策的要請がある場合には、検討の選択肢の一つとなり得るのではないか。 しかしながら、これは戦後長らく続いてきたわが国の持合構造を強制的に解消しようという荒療治であるだけに、わが国経済全体、あるいは、企業社会に大きな影響を与える規制であり、そのような観点をも踏まえ、今後、金融審議会において、十分な検討が行われることを期待する。 保有制限の水準、処分のスピードについてどの程度が適当かということは、大変影響の大きい問題であり、今ここで一概に申しあげることはできない。今後、金融審議会の場において、規制そのものが良いのかどうかを含めて十分な検討が行われることを期待している。

(問)
 放出した株式の受け皿として株式取得機構が設立される見込みである。4月6日の全銀協会長コメントで「市場との共生が重要」としている一方で、銀行界自体は機構設立について及び腰であるとか消極的であるとの指摘があるが、会長の真意を聞きたい。
(答)
 株式取得機構に対する銀行界としての固有のニーズはないが、株式保有制限の導入を前提とすれば、「市場と共生できるワーカブルな機構」が設立されるのであれば、一定の評価はできるというのが結論である。 先程も申しあげたが、私ども銀行界は株価変動リスクを削減するために、自己責任のもとで株式の売却を実施してきた。 ある証券会社の推計によれば、大手銀行で1999年度、2000年度と続いて、2兆円を超える株式圧縮が行われたとのことである。この金額は、2000 年一年間の三市場における株式売却代金合計額が300兆円近くであることを考えれば、十分に吸収可能なロットであろうと思う。 あえて、銀行が株式を売却するに当たっての障害となっている事項を挙げれば、発行企業であるお取引先の了解を得るのに時間がかかる、あるいは了解を得ること自体が難しいケースがあることである。 株式取得機構を設置しても、この問題点は解決できず、そういう意味において、株式取得機構に対して銀行としての固有のニーズはないということである。 しかし、一方で、株式保有制限が導入されるとなると、これが市場に与えるインパクトは大変大きく、これをどうするかという問題が出てくる。本来は、個人の株式投資促進税制の導入や401kの早期導入と拠出限度額の拡大、金庫株の導入、あるいは、公的金融の抜本的改革等によって、わが国経済・マネーフロー構造自体の改革を図っていくことが最も肝要である。しかしながら、このような施策が実行され、効果が出るまでには、相当な時間を要すると考えられる。このタイム・ギャップを埋めるためのものと位置付け、市場と共生できるワーカブルな機構が設立されるのであれば、わが国の構造改革にも繋がる施策として、評価ができるのではないかと個人的には考えている。

(問)
 最近のわが国の景気に関する諸外国を含めた議論を聞いていると、「不良債権が日本経済のガンであり、不良債権の処理が終われば日本の景気は上向いていく」との論調が多いが、こうした意見をどう考えるか。
(答)
 結論から申しあげると、不良債権問題が、わが国の景気が立ち直らない元凶であるとか、経済の足を引っ張っているとかいう見方には同調できない。 そもそも、不良債権問題については2つの視点がある。 1つは、現在、不良債権問題が銀行の健全性という点に影響をもたらしているのかという点と、もう1つは、銀行の本来的な機能である資金仲介機能に大きな影響を与えているのかという点である。 1点目については、不良債権は全国銀行ベースで昨年9月末時点で約33兆円あるわけであるが、全て金融検査マニュアルに基づいて、各行が資産の自己査定を行ったうえで、その資産の状況に応じて、適時適切な引当を行っている。その点においては健全性には問題ない。海外における資金調達の面でも、1997 年、1998年には大変深刻な問題であったジャパン・プレミアムも現在は発生していない。 2点目の資金仲介機能についても、昨年9月末時点の大手銀行の自己資本比率は、公的資金の注入や各行の自助努力によって11%台後半という高い水準であり、十分な貸出能力があるといえる。したがって、資金仲介機能が低下しているという状況には全くない。貸出残高は前年比若干のマイナスが続いているが、これは最近の景気情勢を反映して資金需要が大変弱いということに加えて、企業サイドにおいても財務リストラ、特に有利子負債の削減が進んでいること等に伴うものであり、現在、金融機関の抱える不良債権がわが国経済の足を引っ張っている状況ではないということである。 しかし、銀行経営にとっては、直接償却等によって不良債権残高を極力早く圧縮していくことは重要な課題である。不良債権の存在とその経済に与える影響、銀行経営の健全性に与える影響等については、残念ながら相当な識者でもなかなか実態を理解していないという面もある。不良債権残高が捗々しく減少しないことに、昨年の秋からのような株価の大幅な下落という事態が重なってくると、2月危機、3月危機といった不安心理を掻き立てるような無責任な言辞が飛び交い、これが海外にまで飛び火する。こういったことでは、金融機関の信認が損なわれるということになりかねない。今申しあげたように、不良債権残高を極力早く圧縮し、そういった懸念を持たれないようにしていかなくてはならない。

(問)
 来週、自民党の総裁選が行われるが、21世紀冒頭におけるわが国のリーダーにはどのような人物が望ましいと考えるか。また、4人の候補者は、構造改革重視派と景気回復重視派に分けられると思うが、どちらが望ましいか。
(答)
 次の自民党総裁候補について、固有名詞を挙げて何かを申しあげることはできないが、私なりの個人的な見解をあえて申しあげると、わが国が政治、経済、社会の各所に制度疲労を来して閉塞感に包まれている中、世論はこれを打破していくために思い切った変化を求める声が強いのではないかと感じている。したがって、新しい総裁は国民の代表としてこうした声を汲み取り、政策実現のため長く務めていただける方が良いのではないかと思う。経済政策については、わが国の経済が減速傾向を強めている状況ではあるが、いたずらにカンフル剤を投与するというのではなく、多少時間をかけても、構造改革を伴う有効・確実な経済政策を一貫性を持って推し進めていくべきではないかと思う。

(問)
 先程、不良債権の問題で述べたことは、会長の持論かと思うが、銀行に焦点が当たってきているなか、緊急経済対策や総裁選では、不良債権の除去あるいは公的資金の注入等いろいろな議論が出ている。緊急経済対策で出たような不良債権の直接償却の問題や株式取得機構の話については、一部は評価はされているようだが、銀行界としては、政府が考えるのは仕方がないが、基本的にはこういったものは必要がないと考えるのか。
(答)
 不良債権の最終処理・残高圧縮も、保有株式の圧縮も、本来は自己責任で進めるべき課題である。 しかし、それぞれの銀行の自己責任に委ねていたのでは全体としての不良債権処理のスピードが捗々しくない、あるいは、銀行経営が株価変動に大きく左右されるというケースも出てくるということから、問題を全体として早く除去していこうということで、これら2つの課題が緊急経済対策に盛り込まれたのであろうと私は理解している。

(問)
 そうすると、個別行の話になるが、基本的には、三井住友銀行には必要ないということか。
(答)
 私どもは、これまでも自己責任のもとで諸問題の解決・改善に当たってきたし、今後もその考えに変わりはない。 もちろん、例えば債権放棄のガイドラインについて、銀行などが中心となって、今後検討を急いでいく、あるいは、株式取得機構の設立・組織運営について、いろいろと検討を進める際に、私どもも協力をさせていただくということには変わりはない。 しかし、株式取得機構について、あえて申しあげれば、強制的に買取るといったようなやり方は是非とも避けていただきたい。そうでなければ、市場と共生できるワーカブルな機構にはならないということである。

(問)
 一部の銀行については、そういった政府の手助けが必要ということになるのか。
(答)
 個別銀行のことについては、私は、何とも申しあげられない。 ただ、皆さんも私が先程申しあげたことと同じ考えでいるのではないかと思う。

(問)
 そうすると業界の中には、そういった手助けが必要な銀行はないということか。
(答)
 個別行の問題であり、私には分からない。

(問)
 金融行政が2年前に比べると厳しくなってきているようである。銀行は決められた目標に向かって走ってきたが、その後、政府や大臣が交代することにより、いわばゲームの最中にルールが変わったのではないか。これについてどう考えるか。
(答)
 特にルールが変わったとは受け止めていない。確かに、金融検査マニュアルが1999年7月に発出された時点では、それ以前とかなり大きく変わったと思うが、それ以降はそう大きな変更はないのではないかと理解している。

(問)
 緊急経済対策において、不良債権処理を早く進めることや株式取得機構の設立などが指摘されている。これ自体がゲームの最中にルールが変わったとはいえないか。
(答)
 確かに、不良債権の最終処理・オフバランス化について、破綻懸念先以下の現存のものは2年以内、新規発生分は3年以内と処理期限が明示されたり、株式の保有制限の導入が今後検討されるということになったという点に関する限りは、変わったといえる。 しかし、これらは言われるまでもなく進めなければならないものであり、方向性について隔たりがあるということではない。

(問)
 総裁選に臨むにあたって、橋本龍太郎氏が、過去の自分の経済政策の失敗を認めた上で、「当時は不良債権の重みをわかっていなかった。しかし、銀行の経営者も不良債権の状況をわかっていなかった。」と述べているが、これについてどう考えるか。
(答)
 私はそのご発言の場にいたわけではなく、どういう意味でおっしゃられたのかよくわからないが、自行の不良債権の状況をわからないようでは、直ちに銀行経営者は辞任すべきである。そのような無責任な人はいないだろう。 当初の段階、すなわち、1992年頃は、今後の見通しはなかなか立てづらかったことは事実であるが、1995年、1996年の時点では、全貌が見えていたはずである。ただ、その後の変化というものは当然ある。前にも申しあげた通り、全国銀行ベースで、この9年間に68兆円の処理を行い、そしてその中の 54兆円は直接償却等によってオフバランス化されたものの、残高は依然として33兆円もあり、この水準がここ数年ほとんど動いていないという事態は、新規の不良債権が発生してきたことを示すものである。そこのところはなかなか読みづらいということはあったと思う。

(問)
 銀行は経済のガンではないと言われたが、貸し渋りの影響についてはどのように見ているか。
(答)
 今申しあげたように、1998年当時と対比すると、わが国の銀行は自己資本比率の面で十分な余裕を持っている。私どもは貸出残高が減少している現状について、これで良いとは決して考えていない。収益を上げるためにも貸出は増やしていきたいし、増やすための努力もしている。また、中小企業向け貸出については、各行がそれぞれ計画を設け、それを達成していかなければならないという事情がある。したがって、健全な企業の資金需要に応えられないというような状態には全くないわけで、現在においては、貸し渋りといったような事態はないと私は思う。確かに、1997年、1998年には大変深刻な状況になって、クレジットクランチが発生していたということは事実である。しかし、資本注入以降、その状況はすっかり変わったと思う。個々の融資のケースについては、いつの時代も、相手先企業や個人の方と銀行との間で考えが一致しないというケースはある。だからといってそれが貸し渋りだということにはならないと思う。

(問)
 貸し渋りはなく資金需要が減っているということなら、緊急経済対策が実行されても、全く意味がないということか。
(答)
 全く意味がないということはないと思う。私どもも、不良債権残高がこれを契機に一段と圧縮が進む、そして保有株式についての価格変動リスクも削減されてくるということになれば、銀行に対する外部からの信認が高まってくるということであり、今銀行が心配だと思っておられる企業や個人の方はほとんどいないと私は思うが、こうした状況にあって銀行の信認が高まるということがわが国の経済全体にプラスとなることは間違いないと思う。

(問)
 1年前の就任会見で会長は1年の課題として金融システムの整備と銀行に対する信頼の回復を挙げられたが、これらの課題にどれ位の前進が見られているのか。1年を振り返っての感想と、また、100点満点での自己採点について伺いたい。
(答)
 この一年間に、20世紀から21世紀へと世紀を跨いだわけだが、全銀協としての主要なテーマも、昨年の間は「新世紀に向けた金融システムの整備」ということであったが、昨年の暮れ以降あるいは本年1月以降は「旧世紀の負の遺産との訣別」であったというのが実感である。 昨年は、銀行による保険商品の販売を認める改正保険業法が成立し、あるいは、都市銀行等の本体での信託業務参入が認められる等、金融ビッグバンの総仕上げが着実に進められるとともに、年末の金融審議会第一部会報告においても、顧客利便の向上、銀行の収益源の多様化、国際競争力の強化といった観点から、残っている規制を不断に見直していくことが適当との基本方針が明示された。今後、各金融機関が一層自由に活躍できるようなビジネス・フィールドの拡充の流れが、確かなものになってきたと受け止めている。 このように制度面で新世紀に向けた金融システムの整備が図られる一方で、現実の動きとしても、金融機関の合併や提携の進展、あるいは異業種からの銀行業参入の動き、またインターネット専業銀行といった新しい形態の銀行の設立等があり、金融界にとっては、新しい時代の到来が実感された年であったと思う。 しかし一方、昨年暮れ以降、特に株価が大きく下落してからであるが、わが国景気の減速感が急速に強まり、不良債権の最終処理の促進、さらには、銀行の株式保有の問題が、大きな論点として浮上してきたわけである。これらはいずれも、私ども金融機関としては、従来から、自らの経営判断で重要課題として取り組んできたものであるわけであるが、まさに「旧世紀の負の遺産と早く訣別しろ」ということだと受け止めており、一層積極的に対応してまいりたいと考えている。 この間、全銀協としても、各種のテーマに対して、銀行界の意見をきちっと申し述べるとともに、例えば、郵便貯金の民営化の検討、新BIS規制に対するパブリックコメントの取りまとめ、ICキャッシュカード標準仕様の制定、ペイオフ凍結解除に向けた預金規定ひな型の改正、銀行持株会社の設立に対応した全銀協会員資格の見直し等、多岐に亘る課題について、関係者が一致協力して取り組んできた。新世紀に向けた金融システムの整備に何がしかの貢献ができたのではないかと思っている。 来週からは、全銀協会長に富士銀行の山本頭取が就任されるが、引き続き、色々とご苦労をお掛けすることになると思う。しかし、皆さんも大変よくご存知の通り、山本頭取は、国際感覚に溢れておられ、卓越したご見識と力強いリーダーシップをお持ちの方である。まさに新世紀の全銀協をリードしていただくのに相応しい方にバトンタッチすることができ、大変心強く思っている。 この1年、皆さんには、本当に色々とお世話になった。改めて皆さんへの御礼を申し上げるとともに、山本新会長への一層のご支援をお願い申しあげる次第である。 私どもの自己評価ということであるが、全銀協の各委員会の方々、そして協会のスタッフは、本当に良くやっていただいたと思う。大変感謝している。私自身については、今回で会見が12回目となるわけで、その間、皆さんからのご質問には「答えにくいな」と思うことについても、全て答えてきたつもりであるが、最後になって全く答えにくい質問を頂戴した。最後の最後であるが、この答えだけはご勘弁を願いたいと思う。