2022年6月16日

髙島会長記者会見(三井住友銀行頭取)

岩本専務理事報告

(なし)

 

会長記者会見の模様


(問)
 昨年7月に、髙島会長は「新たな社会・経済の創生を支える1年にしたい」との抱負を掲げて就任された。間もなく任期を終えられるが、この1年間の取組みを振り返り、総括をお願いしたい。また、今後も引き続き取り組んでいくべき課題などについて、考えを伺いたい。
(答)
 昨年7月に全銀協会長に就任して以降、本年度を、「わが国における現下の難局の克服と新たな社会・経済の創生を支える年」と位置付けて活動してきた。
 この1年間を振り返ると、デルタ株にはじまり、オミクロン株の爆発的な流行に加えて、ロシアによるウクライナ侵攻とそれに伴う地政学リスクの高まり、歴史的な資源高、急激な円安の進行など、国内外の金融経済環境は、非常に緊張感の高い状況の連続だったと思う。
 コロナ禍の影響が残るなかで、このようにかつてない事象が複合的に発生したことは、お客さまにとっても、銀行界にとっても、まさに難局というべき状況であったが、銀行界として、お客さま支援に全力を挙げて取り組むとともに、新たな社会・経済の創生を見据えた取組みにも着実に布石を打ってきたつもりである。
 それらの取組みが、今後のテーマや課題にも通じるものであると考えているが、具体的に申しあげると、(1)新型コロナウイルス感染症の影響を受けたお客さまの事業再生および事業再構築の支援、(2)サステナビリティへの対応、(3)デジタライゼーションへの継続的な取組み、この3点が今後も重要なテーマとして残っていると考えている。
 まず、1点目の新型コロナウイルス感染症への対応について申しあげると、足元、経済活動は正常化に向かいつつあるが、依然として不透明感は拭い切れず、引き続き資金繰り支援に万全を期していく必要があると考えている。
 そのうえで、ポストコロナも見据えながら、本年3月に公表した「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」も積極的に活用し、お客さまの事業再生・再構築の支援に取り組んでいくことが重要であり、全銀協として会員行の取組みをしっかりと引き続き支えていく必要があると考えている。
 2点目のサステナビリティに関しては、昨年11月のCOP26を機に、気候変動問題へのグローバルな取組みが一段と加速しているほか、金融界でもGFANZやNZBAといった民間レベルでの取組みが広がってきている。全銀協としても、昨年12月に「カーボンニュートラルの実現に向けた全銀協イニシアティブ」を公表し、産業界との業界レベルでの対話や、会員各行の取組みの後押しを加速させてきた。銀行界としては、中長期的な視点に立ち、お客さまのカーボンニュートラルへのプロセス、すなわちトランジションに向けた取組みを、エンゲージメントとファイナンスを通じてしっかりと支え、社会的使命を果たしていく必要があると考えている。
 また、足元、政府からも、貯蓄から投資・資産形成の促進が打ち出されているが、昨年12月、金融経済教育や子どもの貧困対策について、日本証券業協会(日証協)とMOUを締結した。今後、両協会での連携も強化しつつ、業界横断的な取組みとしていく必要があると考えている。
 3点目のデジタライゼーションに関しては、地方税統一QRコード規格の策定や、手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた自主行動計画の策定など、業界を挙げてデジタル化に努めてきた。
 コロナ禍を経て、デジタル化に対するマインドセットは、企業・消費者ともに間違いなく変わってきていると思う。銀行界としてもデジタル技術の革新を的確に捉えて、過去にとらわれることなく、時には大胆に取組みを進めていくことが重要だと考えている。
 以上3点だが、いずれも短期間で結果が出るようなテーマではなく、この1年間ですべてに答えが出せたわけではない。枠組みの整備から実行フェーズに移っていく点においては、むしろこれからがより大切だと思う。
 次期会長となる三菱UFJ銀行の半沢頭取に、しっかりとバトンを引き継ぎ、新たな社会・経済の創生を支えるべく、全銀協として不断の努力を続けて参りたい。


(問)
 FRBがインフレの抑制に向けて0.75%の利上げを決定した。これについて、経済・金融市場への影響も含め見解を伺いたい。また、日本銀行も明日まで金融政策決定会合を開いているが、足元の物価上昇、円安、金利上昇など市場動向も踏まえて日本銀行にどのような発信を期待するか、ご意見を伺いたい。
(答)
 (日本時間の)今朝開催されたFOMCにおいて、FRBは一度の引上げ幅としては1994年11月以来、実に27年7ヶ月ぶりとなる、0.75%の政策金利の引上げを決定した。これは、3月から二度にわたる政策金利の引上げを行ってもなお、5月のCPIが予想を上回る8.6%となるなど、引き続き高い物価上昇が続く状況のなかで、さらに大胆な引上げに踏み込むことにより、インフレ抑制に向けたFRBの強い決意を改めて示したものだと受け止めている。
 パウエル議長の会見では、次回7月のFOMCでも、0.5%か0.75%の利上げが選択肢になると言及された。FOMCメンバーの政策金利の見通し、いわゆるドットチャートを見ても、年内に3.4%までの引上げを見込んでいる。前回の同見込みは1.9%であり、インフレ対応へのスピード感がまさに急加速しているわけである。世界的な金融環境は今、大きな転機を迎えていると言っていいと思う。
 利上げ発表後のマーケットの反応は、事前の観測報道などもあり、この1週間弱である程度織り込みが進んでいたように思う。しかしながら、米国内外の金利差がさらに拡大することに間違いはなく、特に新興国などの純輸入国や純対外債務国などへの影響には、今後十分に目配りしていく必要があると考えている。
 次に、日本銀行の金融政策運営についての質問だが、金融政策は日本銀行の専管事項であるため、全銀協会長としてのコメントは差し控え、あくまで個人の見解としてお答えしたい。
 4月のコアCPIは、資源・コモディティ価格の高騰や、円安、携帯電話通信料の引下げ影響の剥落などの要因により、前年比プラス2.1%と、消費増税時を除くと2008年以来の水準となった。それらが消費マインドの悪化や実質購買力の低下を通じて、民間消費や企業活動を下押しし、景気の下振れにつながるリスクには十分注意していく必要があると考えている。
 先日行われた黒田総裁の講演によると、わが国経済は感染症からの回復途上にあるうえ、消費面で資源価格上昇による下押し圧力もあり、引き続き金融緩和により、賃金と物価が共に相乗的に上昇していく好循環を作り出す必要性について言及されている。
 足元、海外との金利差拡大も一つの大きな要因とした円安進行もあり、金融政策運営は非常に難しい局面にあると思うが、日本銀行におかれては、引き続き、さまざまな外部環境の変化を踏まえたうえで、大規模な金融緩和政策の効果、副作用の両面を検証いただき、適切にご判断いただきたいと思っている。 


(問)
 2点伺いたい。1点目は、地銀を含めて銀行グループの株価やPBRを上げるためにどのような取組みが必要だと思われるか。
 2点目は、仮定の話だが、日本銀行の金融政策が仮に現状の大規模緩和から引き締め方向に転換された場合、銀行業績にどのような影響を与えると考えるか。
(答)
 1点目の銀行グループの株価やPBRを上げるための取組みについてであるが、これまでも申しあげてきたとおり、わが国の銀行を取り巻く経営環境は、少子高齢化や生産年齢人口の減少、低金利環境の持続など、厳しい状況にあることは事実である。
 他方、多くのお客さまも、社会的・経済的な構造変化を受けて、事業変革を迫られており、銀行がソリューションを提供することで、お客さまを支え、変革を後押ししていくという役割を発揮する機会は、かつてないほど広がっているということもまた事実かと思う。
 昨年の銀行法改正により、銀行の業務範囲や出資規制は大きく緩和されており、銀行が提供できるソリューションの幅も広がっている。こうした制度改正を活用し、例えば、カーボンニュートラルの実現に向けて、お客さまの温室効果ガス排出量の算定を支援するサービスを提供したり、あるいは電力事業そのものに参入して、地域に再生可能エネルギーを供給するなど、特徴的な動きも出てきている。
 今まさに、社会・経済が大きな転機を迎えているからこそ、銀行が果たすべき役割があると考えている。それぞれの銀行に対して、お客さまや社会から期待されている役割、経営リソースなどを踏まえて、まさしく各銀行自身がどのような成長戦略を描いていくかが問われている。それが、株価の観点でも一番大事なのだろうと考えている。何か一つの答えがあるという類のものではないが、私ども三井住友銀行としても、新たな分野に挑戦し、お客さまの課題解決に向けてより良いかたちでお答えすることができないか、常に模索している。
 そうした努力を積み重ねることが、お客さまからの信頼あるいは支持につながり、ひいては株価やPBRの改善・向上など、銀行グループの企業価値向上にもつながっていく。加えて、そういった取組みをしっかりと訴えていくことも大事だと考えている。
 2点目は、仮に金融政策が引き締め方向に向かったときに、銀行業績にどのような影響を与えるかということであったが、仮定の話にお答えするのはなかなか難しい。
 あくまで一般論として申しあげると、さまざまな前提を捨象すれば、仮に引き締め方向に転換され、金利が上がるなどした場合には、保有債券の評価損益が悪化する一方で、投資利回りの改善や長短金利差の拡大による貸出利鞘の改善など、プラスの効果がある。これが、教科書的な回答になると思う。
 しかし、現実には実体経済への影響やインフレの抑制効果の有無、コロナ禍で借入の増えた企業への影響など、さまざまな要素があり、また、そもそも「引き締め」なのか「緩和の縮小」なのか、その程度やスピード感によっても、影響は変わってくる。
 したがって、一概にお答えすることは難しい。


(問)
 3点伺いたい。1点目は、ゼロゼロ融資の返済が本格化しているが、足元の原材料高や物価高が中小企業の収益を圧迫しているという声も出ている。これまで銀行界として、コロナ禍での資金繰り支援を行ってきたが、現状、中小企業の経営状況をどのように見ているか。この物価高により、銀行界としての支援のあり方が変わってくるのか、お考えをお聞かせいただきたい。
 2点目は、事業再生ガイドラインについて。運用開始から2ヶ月がたったが、足元の活用状況やその手応えについてお聞かせいただきたい。
 3点目は、ロシア・ウクライナ情勢について。欧米各国はますますロシア制裁を強化しているが、現状、足元の銀行ビジネスにどのような影響が出ているか伺いたい。
(答)
 まず、1点目のゼロゼロ融資の返済にも関連した資金繰り支援の現状、考え方について。東京商工リサーチのデータによると、全国企業倒産件数は、財政・金融両面の支援もあり、2021年度は5,980件と57年ぶりの低水準になったわけであるが、先週公表された今年5月の倒産件数は前年同月比で11%増となっており、2ヶ月連続で前年同月を上回った。
 特に、新型コロナウイルス感染症の影響の長期化による事業者への影響には、引き続き注視が必要だと考えている。
 加えて、ご指摘のとおり、足元ではロシア・ウクライナ情勢の悪化を背景として、エネルギー・原材料価格高騰などによる事業者への影響も懸念され、先行きの不透明感は引き続き強いと考えざるを得ない。
 また、ご指摘のとおり、ゼロゼロ融資の返済が始まる企業が今後一段と増える見込みであるため、個社ごとに、資金繰りの状況、業績の動向をよく見つつ、支援には引き続き万全を期していく必要があると考えている。
 今後も事業者の業況を積極的に把握し、返済猶予や条件変更も含めた資金繰り相談に丁寧かつ適切に対応するなど、事業者のニーズに応じたきめ細かな支援を徹底していくことが銀行界としての方針である。その考え方に変化はない。
 2点目の事業再生ガイドラインについて。「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」は、4月15日から適用を開始し、これまで、全銀協事務局に対して、会員行をはじめとする金融機関や、外部の専門家の方々から、ガイドラインの具体的な運用に関する照会が継続的に入ってきている。また、私ども三井住友銀行でも、お客さまから、この新しいガイドラインに沿ったかたちでの手続をお願いしたいという相談が出てきている。
 私的整理手続が成立するには、事業再生計画の作成や関係者間の合意形成など、一定のプロセスが必要である。したがって、新たな私的整理手続の活用実績が短期的に増加したり、積み上がったりというわけではないが、申しあげたような状況を踏まえると、ガイドラインの活用や、それに則った検討は着実に進んでいると考える。
 また、このガイドラインに対しては、専門家の方からも大きな反響があり、金融あるいは法務の専門誌などで積極的に取りあげられたり、論評されたりする機会も増えている。銀行界としては、引き続き、政府や産業界とも連携して、ガイドラインの認知度向上に努めるとともに、新たなガイドラインを積極的に活用しながら、お客さまの再生支援に取り組んでいきたいと思っている。
 3点目の質問はロシア・ウクライナ情勢について。まず、ロシアのドル建国債について、6月1日に、世界の主要金融機関で構成するクレジットデリバティブ決定委員会がデフォルト認定したわけだが、その事実だけをもって邦銀に大きな影響が出るということはないと認識している。あくまで各行の話にはなるが、すでに前期決算でロシア国債のデフォルトリスクも織り込んだうえで引当等の手当てをされているところが多いと思われ、今回のデフォルト認定が即時に引当等に大きな影響を与えるとは見ていない。
 ただし、事態は非常に流動的であり、いつ戦争が終結するのか見通せない状況でもある。ロシア国債のデフォルト認定にかかわらず、ロシア・ウクライナ情勢がクレジットコスト、ひいてはグローバルなクレジット市場に与える影響について、引き続き注視していく必要がある。
 次に、欧米などによる制裁の強化ということであるが、ご指摘のとおり、日本を含む西側諸国の制裁が拡大するとともに、それに対抗するロシアからの報復措置も増加している。こうした段階的な制裁の強化と報復措置の発動により、銀行を取り巻く環境の厳しさが徐々に増しているというのは事実である。
 そうした状況を踏まえると、これは前回の会見でも申しあげたが、今後のロシア向けの与信等の取引は、大きな方向感としては減少していくことになると思っている。 


(問)
 岸田政権が資産所得倍増プランを打ち出した。貯蓄から投資へという流れを促すため、銀行界として具体的にどのような取組みを進めていく方針か。スタートアップや気候変動など、政府が掲げる重点分野に投資を呼び込むには、どのような仕組みや施策が必要と考えるか。
 また、資産所得倍増プランの具体策として、NISAやiDeCoの拡充などが議論されていくと思う。今後議論していくうえでボトルネックとなる点や今後のポイントについてどのように考えるか。
(答)
 貯蓄から投資という文脈で、複数の論点についてご質問をいただいた。まず、貯蓄から投資・資産形成を促進するに当たって、銀行界として、さまざまな取組みが必要であると認識しているが、それに関連して、主に2点申しあげる。
 まず、個人投資家の裾野の拡がりという観点からは、投資経験がないお客さまに、投資をより身近に感じていただくことが重要である。そのための鍵の一つが金融経済教育であると考えており、全銀協としては昨年12月に締結した日証協とのMOUも梃子にして、「どこでも出張講座」などの取組みを積極的に推進し、国民の金融リテラシー向上にしっかりと貢献して参りたい。
 次に、NISAとiDeCoといった資産形成に資する制度の一層の普及を促すことも非常に重要な取組みである。投資信託協会の調査によれば、NISAやiDeCoの制度内容まで理解している方はまだ全体の2~3割に留まるとされている。この状況を改善するために、全銀協および会員各行それぞれがデジタルチャネルなどを通じた情報発信や対面でのコンサルティングなど、さまざまな場面を通じて制度の周知に一層取り組んでいく必要がある。
 さらに、政府が掲げる重点分野に対して、どのように投資を呼び込むのかというご質問について申しあげると、一つは、個人投資家の方々が投資しやすい環境をいかに整備していくかが重要なポイントになると考えている。
 その観点で申しあげると、現状、例えばスタートアップに対して個人が投資する手段は限定されている。投資活性化のために、例えば、投資信託や投資法人のような仕組み・ツールを活用し、プロの目利きを活かして、個人がスタートアップに投資しやすいような環境を整備するといった取組みも考えられるのではないか。併せて、スタートアップ投資のエグジット手段を、IPOのみならず、事業会社によるM&Aなどに拡張していくことも重要であり、この点では、顧客基盤を活かして銀行としても一層貢献していきたいと考えている。
 また、もう一つの重点分野として、グリーン・トランスフォーメーション、すなわちGXへの投資が掲げられているが、それを促進するためには、グリーン、トランジション、そしてイノベーションを推進する企業などの取組みの適格性を、国際的にも認められるかたちでしっかりと評価する仕組みを構築し、それにもとづく金融商品を提供していくことが重要ではないか。
 なお、重点分野とされているスタートアップ投資、GX投資いずれにおいても、個人の投資対象とする以上は、例えばファンド・オブ・ファンズのように十分に分散が効いたポートフォリオとする工夫やそれらの投資にインセンティブを付与するような制度設計なども併せて検討課題になってくるのではないか。
 最後に、貯蓄から投資の促進に当たっては、お客さま本位の業務運営の徹底・高度化も併せて非常に重要であり、その部分が崩れると、いくら制度的に商品を整理しても、良い方向には進まないと考えている。全銀協としてもその観点で、会員行の取組みを引き続きしっかりとサポートしていく。
 次に、NISAやiDeCoの制度拡充について。NISAとiDeCoの拡充の検討と、普及促進に当たってのポイントとしては、NISA、つみたてNISAについては非課税投資枠の拡大や、非課税期間および投資可能期間の延長・恒久化といったことが挙げられる。iDeCoについては、拠出限度額の引上げや加入者の属性によって異なる拠出限度額の簡素化などがポイントになるのではないか。
 具体的な制度の拡充については、政府において、政策効果の可視化や財源の確保などといった論点を踏まえて検討が行われると承知している。制度の拡充により、国民の資産所得の増加を実現し、それがひいては税収の増加に結びつくという好循環を生み出していけるかが論点の一つではないか。
 全銀協としては、NISAやiDeCoがより使いやすい制度となり、国民の資産所得増加にも資するよう、税制改正要望などを通じて、しかるべき意見発信を引き続き行って参りたい。


(問)
 銀行員のリテンションについて伺いたい。最近、金融機関でも若手、中堅の人が転職するという話をよく聞く。外資系企業は、報酬の大幅引上げなど報酬面での引止めツールがある。一方で、日本企業の場合は、なかなかそういうものが使えない。なぜ最近若い人が辞めていくのか。銀行界は報酬を武器として使えないなかで、銀行で働くことにどういう魅力があるか、会長自身のお考えを伺いたい。
(答)
 金融機関、銀行において、転職や起業、あるいは特定の領域でキャリアアップを目指す転職が増えていることは事実だと思う。転職マーケット自体が活況のため、ご指摘のとおり銀行界からの転職もあることは事実であるが、銀行界からの転職だけが特別に多いというわけではないと思う。しかし、キャリアに対する価値観が従来から大きく変わってきており、いわゆる就社というよりはまさに就職という傾向がより強くなってきていると思う。
 こうしたなかで、銀行界全体でというのはなかなか難しいが、例えば、三井住友銀行ではリテンションに関してどのようなことに取り組んでいるのか、少し紹介させていただく。
 一つとして、外部のマーケットに連動した報酬体系をどう整備していくか、まさに検討中である。先ほど、外資系企業では報酬面での引止めツールがあるが、日本の企業だと難しいだろうとのご指摘があったが、どう変えていくかという点についても検討している。また、それ以上に、いかに従業員のエンゲージメントを向上させるかに足元注力している。このためには、やはり従業員が自発的に挑戦できる、あるいは挑戦しようと思える環境をつくっていくという点が、マインドセットを変えていく意味でも大変重要だと考えている。
 例えば、三井住友銀行では、自由な服装を認めるドレスコードフリーに一昨年から取り組んでいる。あるいは、「ミドりば」と我々は呼んでいるが、社内のSNSでいろいろな発信や会話ができるツールを導入している。そして、エンゲージメントの状況を可能な限り客観的に可視化していくためのサーベイツールを導入し、そのスコアを一定以上に維持することを銀行内のKPIとして定めている。
 最後に、なぜ銀行で働くのか、銀行の魅力は何かというご質問をいただいた。全銀協の会長としてではなく、あくまで私見として申しあげる。
 これは昔から言い尽くされていることであるが、銀行ほど個人からあらゆる業種の法人、政府機関あるいは外国企業も含めて、これだけ多種多様なお客さまを相手とするビジネスは他にはなかなかない。加えて、最近はサービスの提供手段がますますデジタル化・モバイル化しているだけでなく、銀行の業務範囲も大幅に拡大されている。なかには、従来、非金融とされたサービスも含めて展開できる余地がでてきており、フィールドは格段に広がっている。
 そのようななかで、お客さまの成長を支え、共に発展する、そして結果として日本経済や世界経済の成長に貢献でき、それを通じて自分自身も成長していけるということが銀行の一番の魅力ではないかと思う。
 最近では、社会課題に関心の強いミレニアル世代やZ世代の優秀な方々が、報酬というより、そうしたやりがい、あるいは世界のため、世のためという視点で、サステナビリティに関わる業務に携わりたいと銀行に転職してこられる例も出ている。そうした点では、銀行は、まさにうってつけのフィールドではないかと思う。
 もちろん、なかなかそれをうまく発信できていない実態もあろうかと思うが、ぜひこの機会に、銀行という挑戦しがいのある無限のフィールドがあるということを銀行員一人ひとりに実感していただきたい。また、今後そういう認識が広がるようにやっていきたいし、その必要があるだろうと思っている。


(問)
 事業再構築に向けた私的整理について伺う。このたび新しい資本主義実行計画において、私的整理法制の整備が項目として挙げられた。この問題は、かねてから議論されてきたものだと思うが、私的整理における多数決原理の導入について、銀行界としての見解を伺いたい。融資額の多寡等に応じて債権者として立場も様々かと思うが、どのような内容であれば銀行界として受け入れられるものか教えてほしい。
(答)
 6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、ご指摘の記載があることは承知している。私どもは政府が具体的にどういった背景で検討を行っているのか把握できる立場になく、具体的にコメントしかねる点はご了承いただきたい。
 そのうえで申しあげると、私的整理というのは、裁判所が関与しないかたちで、私人たる当事者間の合意にもとづいて行われる債務整理手法であるが、今回の実行計画で示された海外事例は、裁判所の関与のもとで、債権者の権利調整を行う制度であると理解している。その点では、私的整理に、単純に多数決原理を導入するという話では必ずしもなく、どちらかというと法的整理の一形態に近い位置付けではないかと理解している。
 銀行界として、どのような内容であれば受け入れられるか、この場で直截にお答えできる公式見解は持ち合わせていないが、債権者の立場から申しあげると、やはり諸外国の例のように、裁判所の関与により、手続の公正さや、債権額の多寡等により立場の異なる債権者間の公平性が担保されていることが重要な要素の一つであることは間違いない。
 今後は、海外事例も参考にわが国の現行制度にどう融合させていくのか、議論の動向を引き続き注視させていただくとともに、必要に応じて銀行界としても意見発信して参りたい。


(問)
 システムに関するところで2点伺いたい。1点目は全銀システムについて。資金移動業者への開放に向けて準備を進めていると思うが、足元の状況は。また、資金移動業者への開放が実現すると、顧客にとってどのようなメリットがあり得るのか。
 2点目はことらについて。稼動に向けたテストなど、準備を進めているところかと思うが、会員行の参加状況や、全銀協としてことらに期待することをお聞かせいただきたい。
 (答)
 まず、最初のご質問であるが、資金移動業者に対する全銀システムの参加資格拡大については、昨年度から「次世代資金決済システムに関する検討タスクフォース」のもとで、資金移動業者の方々にもメンバーとして入っていただきながら、制度とシステムの両面で検討を進めてきた。
 検討のポイントは、全銀ネットの現在の規程あるいは運用について、決済の安全性を確保するために必要な措置を確実に講じつつ、効率性の観点で見直すべき点がないかどうか、改めて確認・整理するということである。関係当局のお力添えもあり、これまでの進捗は順調である。全銀ネットではすでに規程改正案の作成に具体的に着手しており、予定どおり本年度中には資金移動業者に対して参加資格を拡大できる見込みである。
 お客さまにとってのメリットについてもご質問いただいたが、昨年12月の会見でもお話しているとおり、大きく2点あると考えている。
 1点目は、決済サービス分野におけるさらなる競争が促進されるということ。2点目は、業種を超えた新たな協力関係が生まれる可能性。この両面があると思う。
 私ども銀行と資金移動業者は、切磋琢磨し合うという競争相手であると同時に、それぞれの得意とするサービスを持ち寄ることによって、より良いサービスを提供するためのパートナーにもなり得る存在だと考えている。
 お客さまに新たな価値を提供する可能性がより広がるということであり、今後、銀行と資金移動業者が、相互に新たな関係を模索していくということも十分にあり得るのではないかと考えている。
 もう一つのご質問は、ことらに関してであった。ことらについては、6月6日付で運営法人である株式会社ことらからプレスリリースが行われている。このプレスリリースによると、システム開発やテストは順調に進捗しており、今後、本番環境における試行期間に入っていくとのことである。
 また、加盟予定の事業者もすでに37先にまで拡大しており、合計で約1億8,000万件の個人口座がことらで繋がることが、少なくとも固まっているとのことである。
 これまでの会見でも申しあげてきたとおり、ことらが多頻度小口決済の利便性向上に貢献するためには、より多くの事業者の参加を通じて、ネットワーク効果が発揮されることが重要である。その意味で、順調に加盟予定事業者が拡大していることは、非常に心強いと感じている。
 また、ことらでは、個人間送金サービスに続いて、スマートフォンアプリを使った税・公金収納サービスの取扱いも予定しているとのことである。多頻度小口決済の利便性向上、そして税・公金収納の効率化は、キャッシュレス社会の実現に向けて、国民の皆さまの暮らしに密接した極めて重要なアジェンダである。銀行界としても、引き続きことらとの連携をしっかりと取りながら、わが国のさらなるキャッシュレス化に貢献していきたいと考えている。  


(問)
 銀証ファイアウォール規制について伺いたい。6月22日にオプトアウトの簡素化や弊害防止措置を盛り込んだ改正内閣府令などが施行される。銀行界として要望してきた分野だと思うが、改めて期待感について教えていただきたい。また、中堅・中小企業や個人の取扱いについては、7月以降、継続審議されるということだが、改めて、その必要性や期待についてご意見を伺いたい。
(答)
 銀証ファイアウォール規制は欧米にはないわが国特有のルールであり、今般6月22日に施行される内閣府令等の改正では、わが国資本市場の一層の機能発揮、国際金融センターとしての市場の魅力向上、より高度な金融サービスの提供を促すことを目的として、まず上場企業グループについてこれを見直すこととしている。
 私どもとしても、お客さまの意向や利益相反管理あるいは優越的地位の濫用防止等には十分留意しつつ、銀証が適切に連携することにより、お客さまの財務戦略をしっかりとサポートして参りたいと考えている。
 また、昨年6月の金融審議会の市場制度ワーキング・グループ第二次報告では、中堅・中小企業や個人の取扱い、外務員資格制度などの残された課題について、引き続き検討していくこととされた。
 折しも、6月7日に閣議決定された、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、金融市場整備の柱の一つとして、中堅・中小企業等に係るファイアウォール規制上の取扱いを検討するとされている。
 新しい資本主義に向けた重点投資分野とされているスタートアップについては、ファンドからの資本調達やM&Aを、銀証連携して支援するケースも少なくない。また、個人についても、「資産所得倍増プラン」の実現に向けて、銀証間のシームレスな連携は大変重要と考えている。
 コロナ後の経済社会を見据えて、残された課題についてもタイムリーに検討を進めていくことが重要であり、わが国が目指すべき金融資本市場の姿を見据えた骨太の議論が行われることを期待している。


(問)
 2点伺う。1点目は、脱炭素に関することである。政府は今後10年間で、官民協調で150兆円規模の投資を実現する方針を掲げ、脱炭素分野への投資を加速させている。脱炭素化の実現に向け、銀行界としてどのように貢献していく方針か教えてほしい。
 2点目は、非財務情報の開示について。金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループにおいてサステナビリティ開示、気候変動や人的資本・多様性などの点について議論が進んでいる。銀行界として重要と考える点や要望があれば伺いたい。
(答)
 6月7日に閣議決定された、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、気候変動問題は、「新しい資本主義の実現によって克服すべき最大の課題」であり、今後10年間に、官民協調で150兆円のグリーン・トランスフォーメーション(GX)投資を実現するとされている。
 GXの実現に向けては、企業が野心的な投資を前倒しで大胆に行うことが必須であり、政府も、企業による投資の予見可能性を高めるため、規制や市場設計、政府支援、金融の枠組み、インフラ整備などを包括的に「GX投資のための10年ロードマップ」として示したうえで、GX経済移行債をはじめとするさまざまな新たな政策イニシアティブを推進していく方針だと理解している。
 全銀協としても、昨年12月に、「カーボンニュートラルの実現に向けた全銀協イニシアティブ」を策定し、社会経済全体のカーボンニュートラルへの公正な移行を金融面でしっかりと支えるべく、「金融・社会インフラとしての役割発揮」や「サステナブルファイナンスの裾野拡大」を重要施策に掲げている。また、関係省庁や業界団体を招いたトランジションパスウェイの勉強会であるCompass Programの実施や、会員行向けのKnowledge Platformの整備など、会員行の専門的知見の蓄積・向上にも取り組んでいる。
 こうした取組みを通じて、グリーン・トランジション・イノベーションによる脱炭素への移行に向けた巨額の資金需要に、銀行界としてもしっかりとお応えしていけるよう、会員行の取組みをサポートすると同時に、制度設計については意見を申しあげていきたいと思っている。
 2点目は、ディスクロージャーについてのご質問であった。
 6月13日、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書が公表された。そのなかで、気候変動対応や人的資本・多様性を含めたサステナビリティ情報について、有価証券報告書に記載欄を設け、開示内容の充実を図っていく方向性が示された。
 人的資本や多様性については、投資家によるESG評価の一環として、女性の活躍情報やダイバーシティへの取組状況などを重視する動きがある。また、学術的にも、人的資本や多様性に係る取組状況は、企業業績と正の、ポジティブな相関関係にあるとされている。新しい資本主義では、人への投資を促していく方針が示されており、こうした取組みと併せて、その関連情報の充実を図ることにより、企業価値の向上に努めていくことは重要なことだと考えている。
 気候変動関連情報については、ISSB、すなわち国際サステナビリティ基準審議会が、現在、グローバルベースラインに関する市中協議文書を公表しているほか、欧米でも詳細な開示ルールの整備が進んでいる。
 今回、わが国でも、TCFDの四つの構成要素にもとづき、企業が重要性を判断して開示する方向性が示されたことは、わが国金融資本市場の魅力を維持し、グローバルに35兆ドルと言われているESGマネーを呼び込むうえで、極めて重要な一歩だと考えている。
 開示制度は、日本のグリーン・トランスフォーメーション戦略全体の基礎となるものであり、投資家による目線も年々高まっている。優れた技術を持つ日本企業が国際的にしっかりと評価されるよう、引き続き、開示内容の充実について、投資家や金融機関、諸外国の動向などを踏まえ、多角的に検討していくことが重要と考えている。  


(問)
 各業界で脱炭素に向けた取組みが進むなかで、ファイナンスをつけるのが難しい状況であると各事業会社から聞くことがある。このギャップを埋めていくには、どのようなことが課題となるか。事業計画や採算性の確保、また、先ほどお話しいただいた予見可能性が必要になると思う。次期会長行に引き継がれるものもあると思うが、全銀協としての展望を伺いたい。
(答)
 具体的な融資方針やその判断は、あくまで個別行のマターであるが、銀行界としては、カーボンニュートラルへの移行を金融面からしっかりと支えるという観点から、全銀協も旗振り役になって会員行の支援を進めている。
 そのなかで、銀行が脱炭素に向けたファイナンスに取り組む際の難しさとして、2050年のカーボンニュートラルに向けて求められるイノベーションの時間軸や、その事業性・採算性、あるいはフィージビリティが、従来の融資判断と比べると、非常に長期間にわたり、かつさまざまな事象を前提にし、不確実性が大きいことが、おそらく一番大きな課題であろう。
 このような課題に対して、例えば経済産業省においては、NEDOの2兆円ファンド、つまり、グリーンイノベーション基金事業として、野心的な目標にコミットした企業に対して10年間にわたり、研究開発・実証から社会実装まで継続して支援する制度を設けている。さらに、今回の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、企業による投資の予見可能性を高めるため、「GX投資のための10年ロードマップ」が示され、これにより、企業が野心的な投資を、前倒しで大胆に行うことができる環境の整備を進める方針が掲げられたと理解している。
 このような政府の後押しのもと、銀行としても、移行計画や事業性・採算性などについて、お客さまと一緒に、エンゲージメントを通じて丁寧に把握し共通認識を持ったうえで、さまざまなファイナンス手法やリスクシェアの仕組みを使って、必要な支援を提供することが求められている。これにより、先ほどご指摘の難しさを克服していくことが必要だと考えている。


(問)
 本日、最後の会見ということで、会長から一言お願いしたい。
(答)
 この1年間、全銀協の会長を務めるに当たり、マスコミの皆さまをはじめとして、会員各行、全銀協事務局、その他多くの皆さまから多大なご支援を頂戴した。今回、私にとっては2回目の全銀協会長であったが、こうして無事に最後の会見を行うことができたのも、まさに皆さまのおかげであり、この場を借りて厚く御礼申しあげたい。
 振り返ると、大局的に見てこの1年は、さまざまな面で銀行界を取り巻く環境が大きな転換局面にあったと思う。冒頭、幹事社質問に対してお答えするなかで申しあげた三つの重要テーマはいずれも、ある種不可逆的・非連続的な動きであるし、金融経済環境を見ても、長く続いていた世界的な低成長、低インフレ、そして緩和的な環境・低金利が一変しつつあるという、しばらくなかった事態が起こっている。
 こうした目まぐるしい変化のなかで、舵取りが難しい局面であり、社会の期待に十分応えられたかどうか分からないが、今後の銀行界、さらにはわが国の持続的な発展・成長のために、微力ではあるが力を尽くしてきたつもりである。
 来月からは三菱UFJ銀行の半沢頭取が会長に就任される。皆さまもよくご存知のとおり、人格、見識、リーダーシップいずれも兼ね備えた方であり、過去には全銀協会長行室長として、東日本大震災への対応という局面で復興支援に陣頭指揮をとられた経験もお持ちである。全銀協会長として、必ずや銀行界を力強く牽引していただけると確信している。
 皆さまには、半沢新会長への一層のご支援を心からお願いし、私からの御礼の挨拶とさせていただきたい。皆さま、1年間、本当にありがとうございました。