2023年9月14日

加藤会長記者会見(みずほ銀行頭取)

辻専務理事報告

 事務局から2点ご報告申しあげる。
 1点目は、本日の理事会において、お手元の資料のとおり、次期会長を、三井住友銀行の福留頭取とすることを内定した。次期会長は、今後の理事会における正式な選定手続を経て、2024年4月1日付で就任する予定である。
 2点目は、本日の理事会において、お手元の資料のとおり、令和6年度税制改正の要望書を取りまとめた。今後、関係先に要望書を提出し、要望の実現に向けて働きかけて参りたい。

 

会長記者会見の模様

 

 まず、8月、9月の台風による災害などにより、被害を受けた皆さまへ心よりお見舞いを申しあげるとともに、亡くなられた方々に対して謹んでお悔やみ申しあげる。被災地域が一日も早く復旧を果たすとともに、被災された方々が通常の生活を一刻も早く取り戻すことができるよう、銀行界としても、払戻しや融資に関わる迅速、柔軟な対応を行うなど、しっかりと支援して参りたい。


(問)
 3点伺う。1点目は、7月に日本銀行の政策決定会合でイールドカーブ・コントロールが修正された。経済への影響と今後の金融政策のさらなる修正について、会長としてどう考えるか教えてほしい。
 2点目は、本日配布された、全銀協が取りまとめた税制改正の要望書の重要なポイントとその背景について教えてほしい。
 3点目は、冒頭説明にあった三井住友銀行の福留頭取が次期会長に内定したことについて、現会長としての受止めを教えてほしい。
(答)
 1点目は、日本銀行の政策修正について。個人の見解としてお答えする。イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化。これは日本銀行が昨年来の経験を踏まえて、将来の物価、金利上昇局面において、イールドカーブ・コントロールが内包する副作用が顕在化する懸念に配慮して判断したものと理解している。
 長期金利の上限が、これまでの厳格な0.5%から柔軟化され、足元では、長期金利は約0.7%と若干上昇はしているが、上昇幅は限定的であり、現時点では、日本経済や財政への影響は大きくないと考えている。ただし、今後、仮に長期金利が大きく上昇すれば、借入の利払い費増加や円高に伴う輸出採算の悪化を通して、経済活動に下押し圧力が生じる可能性があり、引き続き注意深く見ていきたい。
 日本銀行が目指す安定的な2%物価目標が達成されるためには、賃金の持続的な上昇が不可欠である。ただし、最近は物価高や人手不足を背景に、企業の持続的な賃上げに向けた動きも出始めている。ご指摘のさらなる政策修正については、今申しあげた外部環境などを見極めつつ、対処されていくものと考える。
 植田総裁は、最近のインタビューで、「物価目標の実現にはまだ距離がある」としつつも、「マイナス金利の解除後も、物価目標の達成が可能と判断すればやる」と発言している。長らく続いた超金融緩和政策の転換時期を見極めようと、市場参加者は、物価、賃金の動向はもちろん、日本銀行幹部の発言の細かい言い回しにも着目し、市場も敏感に反応している。今後の動向には、これまで以上に注視していく必要があると考えている。
 2点目は、税制改正要望のポイントについて。今年度の税制改正要望では、足元のわが国の課題を踏まえ、多岐にわたる項目を要望していくが、ポイントとなる重点要望を4つ申しあげる。
 一つ目は、ESG債投資への優遇税制の創設である。わが国が目指すSDGs達成やカーボンニュートラル実現には、民間資金の導入が不可欠であり、個人からの投資をESG市場に振り向けていくためのインセンティブとして、個人投資家がESG債投資から得られる収益の非課税化を求めていく。
 二つ目は、スタートアップの資金調達に資する税制上の措置である。具体的には、今年度期限を迎えるオープンイノベーション促進税制の延長である。足元、政府の実行計画の柱の一つになっているスタートアップ育成。成長資金の調達を円滑にする観点で、当該税制が果たすべき役割は極めて大きく、期間の延長を要望する。
 三つ目は、確定拠出年金税制の拡充である。具体的には、積立金に対する特別法人税の撤廃や拠出限度額の見直しなどを要望する。高齢化が進むわが国において、公的年金の補完となる確定拠出年金制度のさらなる普及、貯蓄から資産形成のさらなる促進、これらに資する当該税制のさらなる拡充を求めていく。
 四つ目は、国際的な金融取引の円滑化である。主には、海外支店の所得に係るテリトリアル課税の導入を要望する。海外支店の所得について、わが国では日本の法人税率が適用される一方、欧州などの諸外国では、テリトリアル課税として現地の法人税率を適用することが主流となっている。このため、わが国より法人税率が低い国に支店形態で進出した場合、本邦企業は欧州企業に比べ、相対的に重い税負担が課されることになる。かかる状況は、本邦企業の国際競争力に負の影響を及ぼしているものと考えられる。特に銀行については、支店による海外進出が多く、本要望の措置により海外での税負担の格差解消、国際競争力の確保を図っていきたい。
 そのほか、社会・経済の持続的な発展を支える税体系の構築に向け、重点要望以外にも、NISA制度の利便性向上など、多岐にわたる項目を要望している。
 3点目は、次期会長内定について。ご案内のとおり、三井住友銀行の福留頭取は、長年の市場営業部門や国際業務部門を中心に豊富な実務経験を積まれており、人格、見識、リーダーシップ、いずれも兼ね備えた方である。
 私が頭取に就任する前、名古屋に営業担当役員として駐在していたとき、福留頭取は当時トヨタファイナンシャルサービスというトヨタグループの会社の社長をしており、担当させていただいた。大変優れた、素晴らしい方だと、個人的にも思っている。
 その福留頭取には、2023年4月から全銀協の副会長を務めていただいているが、資産形成の推進や融資業務態勢の検討など、銀行の国内業務に関する事項を所管する業務委員会を中心に、卓越した手腕を発揮されている。
 これらを総合的に踏まえ、本日の理事会において、新会長として最もふさわしい方と判断した次第である。


(問)
 春先に米地銀の破綻などで揺れたアメリカの金融業界だが、この度、米地銀の格下げなどで少なからず影響が出ている。これが金融危機のきっかけになる懸念はないか、会長のご見解を教えてほしい。
(答)
 足元では、財務内容が悪化した複数の米地銀の格付けが引き下げられたが、現時点で金融システム全体にストレスがかかる兆候は見受けられておらず、金融危機には至らないと考えている。
 ご認識のとおり、米国では根強いインフレ圧力を抑制するべく2022年から2023年にかけて政策金利を5%超の水準まで急速に引き上げた。それによりリスク管理が不十分だったいくつかの銀行で破綻が起きたが、リーマンショックのような金融システム全体に波及する事態には陥らなかった。これは、これまでの各国における規制・制度改革の取組み、また各国規制当局間の迅速な連携の成果であり、金融システムが強靭であることの一つの証左だと理解している。
 また、米地銀の格下げ後、株式市場、債券市場などの金融市場においても信用不安を織り込む動きはみられない。短期金融市場においても、銀行間で円滑な資金取引が行われていると認識している。
 一方、米商業用不動産向けローンの焦げ付きなど、一部に信用懸念がくすぶっていることも事実である。また、インフレの動向次第では金利が高止まりすることも懸念され、金融市場の先行きについては、予断を持たずに緊張感を持って注視していく必要があると考えている。


(問)
 資金繰り支援に関連して伺う。事業を支え続けるというのは言うまでもなく大事だが、従業員や取引先のことを考えると、事業が走れるところまで走って、いきなりばたっと倒れるのが本当にいいことなのか。例えば従業員や取引先へのダメージを最小限にすることを考えれば、むしろ企業に余力があるときからスムーズに転廃業を支えるというか、それをするのに知恵を貸すのも取引金融機関の腕の見せどころではないかと思うが、この辺り、廃業支援という言い方をするが、いかがお考えか。
(答)
 中小企業の経営は、足元の物価高や人手不足により、コロナ後も厳しい環境が続いている。引き続き銀行界が、中小企業の資金繰り支援に最優先に取り組む方針は不変である。
 一方、新陳代謝という観点では、2023年7月の会見において、「コロナという危機を脱した今、中小企業が経営課題に向き合う機会となる」と申しあげた。銀行界として、融資のみにとどまることなく、各社の経営課題を踏まえた支援を行って参りたい。
 例えば、新規事業や業務効率化などに意欲的に取り組む企業に対しては、資金繰り支援に加えて、ビジネスマッチングやDX支援など、非財務面もしっかり支援していく。自力での事業継続に限界を感じ、事業売却や廃業等の退出を希望する企業には、M&Aや円滑な債務整理を丁寧に提案していきたい。同時に、次世代の産業育成のため、スタートアップ企業の支援にも注力していく。
 去る8月30日には、金融庁をはじめ関係省庁より、「挑戦する中小企業応援パッケージ」が公表された。コロナ資金繰り支援に加え、経営改善、再生支援を包括的にまとめた施策であり、こうした政策面での後押しを積極的に活用していくよう会員行に周知している。
 事業再生や廃業などの経営判断は、中小企業の経営者にとって大変悩ましい重要な決断である。銀行界として、取り得る選択肢が多いうちから、経営者の目線に立って丁寧に対話を継続し、その経営判断をサポートする、これを地道に続けていくことが重要である。


(問)
 2点質問する。1点目がサステナブル関連で、中小企業の脱炭素化に向けて銀行界としてどのような支援をしている、あるいはしていかれるつもりか。2点目が、全銀システムに関して、モアタイムシステムがスタートしたのが2018年かと思うが、そこから5年でこれまでの利用状況はどのようになっているか教えてほしい。
(答)
 1点目は、中小企業の脱炭素化である。カーボンニュートラルの実現には、日本企業の9割以上を占め、かつ日本の温室効果ガス排出量のうち1割から2割弱を占める中小企業の取組みは欠かせない。一方で、経営資源や財務面に制約のある中小企業にとって、大規模な事業変革を伴う脱炭素経営は大きな挑戦でもある。銀行界としては、1社1社の課題に寄り添い、中小企業の脱炭素化に向けた取組みを支援していきたいと考えている。
 全銀協では、2023年1月、銀行の営業担当者とお客さまの初期的なエンゲージメント支援のツールとして、「脱炭素経営に向けたはじめの一歩」を作成し、公表した。
 次のステップとして、より具体的な取組みを進めている。2023年8月、中小企業の開示データ標準化を目指す「一般社団法人サステナビリティデータ標準化機構」が設立された。中小企業は商品の納入先企業や取引銀行から、脱炭素化への取組み状況について別々に異なる形式で説明を求められることがある。これは中小企業にとって大きな負担である。同機構ではこの負担を軽減していくために、2024年1月を目途に、開示データ標準化のガイドラインの策定を進めており、銀行界として積極的に参加していきたいと考えている。
 2点目は、モアタイムシステムである。来月、全銀モアタイムシステムは5周年を迎える。稼働当初の参加金融機関は505先だったのが、足元は1,115先まで増えている。また、2022年のモアタイム中の振込件数は約2億件、金額は35兆円であった。取扱量は毎年20%から30%のペースで増加してきている。今後も引き続き利用が広がっていくものと見ている。
 なお、モアタイムシステムについてご質問いただいたが、全銀システム自体も、1973年4月の稼働開始から2023年で50周年を迎えている。コアタイムは足元約1,200先の金融機関が参加、2022年の振込件数は約18億件、金額は3,000兆円を超えており、わが国の決済、ひいては経済活動を支えてきている。50周年の節目ということも、補足させていただいた。


(問)
 このところ、為替相場で円安傾向が続いているが、最近の円相場動向やその現在の水準への受止め、こういった円安が家計や企業に対してどういった影響を与えるかについてのお考えをお願いしたい。
(答)
 為替相場と日本経済の関係は、一般的には、円安は製造業などの輸出産業の価格競争力の向上やインバウンド需要の拡大などのプラス面がある。また足元では、製造業の想定為替レートに比べて円安が進んでおり、輸出産業の利益が上振れる傾向にある。実際に、多くの輸出産業の経営者と話をすると、ドル円の想定為替レートを約130円としており、先ほど申しあげたように、利益の上振れが見込まれる。
 また、あくまでマクロモデルの試算であるが、円安のプラス、マイナスの両面を加味すると、10円の円安は、日本の実質GDPを0.2%程度押しあげるというデータもある。
 一方で、ご案内のとおり、円安は、輸入企業ではコスト上昇を通じて減益要因になる可能性があるほか、最近のガソリン価格の高騰に見られるように、エネルギー価格の上昇などを通じて家計負担が増加するマイナス面の影響もある。
 両面あるので、円安が日本経済にプラスであるかマイナスであるかは一概には言えないが、為替レートの急激な変動は企業経営にとって大きなリスクであるため、望ましくないと考える。
 先行きについて、個人的見解として申しあげると、最近のドル円相場の変動の主因は日米金融政策の差にある。短期的には、米金利の高まりを背景に円安傾向が継続する可能性があるが、年末以降は、米国景気が減速し、米金利が低下基調に転じるなかで、ドル高圧力が徐々に緩和されると予測している。


(問)
 高齢者の特殊詐欺対策について伺いたい。国の犯罪対策閣僚会議で、高齢者のATM利用に制限をかける案が検討されているかと思うが、銀行界として対策の必要性についてどうお考えなのか、また、現状の検討状況について教えてほしい。
(答)
 政府では、2023年3月に「SNSで実行犯を募集する手口による強盗や特殊詐欺事案に関する緊急対策プラン」が策定された。そこでは、預貯金口座の不正利用防止対策の強化などが謳われている。現状の検討状況としては、その対策案について、関係当局とさまざまな議論をしているところである。
 警察庁の広報によれば、特殊詐欺の2022年の被害総額は371億円と、毎日約1億円の被害が出ている計算になる。2023年上期においても、認知件数、被害総額ともに前年同期を上回って推移している。
 全銀協では、各種詐欺の手口や対策を紹介する動画を作成し、ウェブサイトや動画共通プラットフォームに掲載するなど、被害の未然防止、撲滅のための啓発活動に力を入れている。
 会員行においても、窓口やATMコーナーでの声がけの徹底だけでなく、特殊詐欺防止を目的としたATM利用限度額の引下げなどの各種対策を実施している。被害の未然防止対策の中には、お客さまの利便性を損なう部分もあるかと思うが、お客さまに安心して金融サービスをご利用いただくためにも、必要な対応だと思っている。
 残念ながら、金融犯罪の手口は常に変化している。まずは、利用者の方々に、「犯罪者に常に狙われている」との意識を持って頂くことが重要である。金融犯罪を撲滅するために、引き続き銀行界として不断に取り組んで参る。


(問)
 2点伺いたい。1点目は、日本銀行の政策修正によって長期金利が上昇して、固定型の住宅ローン金利が上昇している。日本銀行がマイナス金利政策を修正すると変動型も影響を受けることになるが、こうしたところに向けて少し転換点となるようなところと見ているのか、その辺りを伺いたい。
 もう1点は、東京電力福島第1原発からの処理水の海洋放出をめぐり、中国からの旅行需要への影響や、日本製品・産品の不買運動などが出ている。この辺りの経済への影響をどう見ているか、ご見解を伺いたい。
(答)
 1点目は、金融政策転換による住宅ローン等への影響である。個人的見解だが、後になって振り返れば、2022年末の長期金利の変動幅の拡大や、2023年7月のイールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化が転換点だった、ということになるのかもしれない。
 しかしながら、日本銀行の情報発信やコミュニケーションを踏まえると、当面の間は金融緩和が継続されるのではないかと理解している。
 住宅ローン金利は、市場金利動向や競争環境などを総合的に勘案して各行がそれぞれ決めているため、一概には申しあげられないが、市場金利の上昇に伴って住宅ローン金利が上昇する可能性はある。
 実際、住宅ローン利用者の影響に関しては、7月のイールドカーブ・コントロールの柔軟化を受け、長期金利が上昇したことで、新規借入の固定型の住宅ローン金利は上昇した。
 一方、現在、住宅ローンの約4分の3は変動金利だが、短期金利は低位で推移していることから、今のところ家計への直接的な影響は限定的である。
 引き続き、借入から完済までの金利が変わらないという安心感をメリットと感じていただける、全期間固定金利などのご提案を含め、お客さまのライフステージやニーズに寄り添った丁寧な対応を行うことが重要と考えている。
 2点目は、ALPS処理水放出に伴う中国の不買運動の影響である。中国との関係悪化はさまざまな面で日本経済に悪影響を及ぼす可能性があり、大変憂慮している。
 日本の水産物輸出の最大相手国は中国である。日本産の水産物の全面的な輸入停止を発表しているが、直接的な影響を受ける水産業関係者を適切に支援していく必要がある。
 また、2023年8月に中国から日本への団体旅行が再開されたばかりであるが、コロナ禍前における国別の訪日外国人客数の1位が中国であっただけに、期待が高まっていたインバウンド需要の回復にも水を差しかねないと危惧している。
 ALPS処理水の科学的根拠にもとづく安全性を各国に理解してもらうとともに、政府におかれては、十分な安全対策を講じてモニタリング体制を構築していることなどを粘り強く説明していただき、早期に事態が打開されることを期待している。
 また、銀行界も、水産業関係者の状況を丁寧に伺い、資金繰りや販路拡大など、個社ごとのニーズに応じたきめ細かな支援に取り組んで参りたい。


(問)
 2点お願いしたい。1点目は8月に発表された金融庁の金融行政方針について。こちらで資産運用立国の実現に向けて具体的な政策プランが盛り込まれていたが、銀行界としてどのように貢献していくか教えてほしい。
 2点目は、シンジケートローンを中心に付けられているコベナンツ、財務制限条項である。金融庁でもうすでに締め切られたパブリックコメントでは、社債権者との情報の対等性を確保できると前向きに捉える向きがある一方、情報開示することによってその企業のリスクが顕在化するなど、慎重な声もなかにはあると思う。そもそもこれは開示するべきか、開示した場合に銀行にとってどんな影響があるのか、教えてほしい。
(答)
 1点目、資産運用立国への貢献である。資産運用立国を実現するためには、資産運用業の高度化やアセットオーナーの機能強化は重要な課題である。資産運用業の抜本的改革は重要な施策と受け止めている。今後、その実現に向けた政策プランにおいて具体的な施策が検討されていくものと思うが、銀行界としてもしっかり役割を果たしていきたいと考えている。
 銀行界では、グループ会社に資産運用会社を持つ会員行もあるが、資産運用立国の文脈において、銀行は、販売会社としての立場が中心となる。販売会社の立場で申しあげれば、今年度から始まる新しいNISAの普及、提案活動などを通じて個人の資産運用の裾野を広げ、家計資産を成長と資産所得の好循環に結び付けていくことが重要な役割であると考えている。とりわけ銀行は、預金や決済などのサービスを通じて、個人のお客さまにとって最も身近な存在である。個人の資産運用の裾野を広げるうえで、銀行界が果たす役割は大きいと考えている。そのためには、販売会社としての顧客本位の業務運営の高度化や、資産形成を広く浸透させるための金融経済教育の取組みなども当然に重要である。銀行界としてしっかりと取り組んで参りたい。
 2点目は、財務上の特約の開示の影響である。本件は、金融審議会の「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告にて、重要な契約の開示拡充が提言されたことを受け、開示に関する内閣府令の改正が検討されていると認識している。そのなかで、ローンや社債に付される財務上のコベナンツに関し、特に重要性が高いと見込まれるものにつき、重要な契約として、借入金の元本や財務上のコベナンツなどの概要を有価証券報告書、臨時報告書にて開示する方向で制度設計が進んでいる。本改正案は、投資家への情報提供の観点からは重要だと理解している。
 一方、ローンは相対取引である。その契約条件である財務上のコベナンツは開示を前提としておらず、この点において社債と性質が異なる。開示の内容次第では、開示主体企業に対する過度な信用不安が誘引されることが懸念される。例えば、当該企業は厳格なコベナンツなしでは借入れができないなど、誤解が生じうる可能性がある。また、金融機関や借入れ企業がこのような誤解をおそれてコベナンツ付きの借入れを回避し、円滑な資金調達が阻害される可能性がある。
 そういった事態に陥らないよう、実務面、実態面を含めて影響を考慮し、開示の対象や内容については、投資家に対して真に開示が必要な情報を見極めて、慎重に制度設計していただく必要があると考えている。


(問)
 2点伺う。成年年齢の引下げから1年以上経ち、キャッシュレス決済の普及などもあって若い世代の多重債務問題などの懸念がある。こうした問題に発展しないように業界としてどのように取り組んでいくのか、考えがあれば伺いたい。
 もう1点、以前、東証プライム上場の企業が反社会的組織との接点を持っていたという事案があった。そうした組織と接点があるかどうかという判断は難しいと思うが、取組みがあれば伺いたい。
(答)
 1点目は、成年年齢引下げである。18歳・19歳の若年者は、一般的に金融取引を含む社会経験が少ないことや、収入基盤が不安定なことが多く、貸付に当たっては顧客保護に十分配慮のうえ、特に慎重な対応が必要と考えている。こうした判断から、実態としては成年年齢引下げ後でも、20歳未満のカードローンの申込受付を行っている銀行はほとんどないものと認識している。
 全銀協では、成年年齢の引下げに先立つ2022年2月に申し合わせを行い、特に18歳・19歳の若年者への消費者向け貸付に対しては、「配慮に欠けた広告・宣伝の抑制」、「貸付額に関わらず収入状況や返済能力の正確な把握」、「資金使途の確認・金融犯罪への注意喚起などの慎重な対応の実施」を徹底している。
 また、多重債務防止の啓発活動として、「電車内ステッカー広告や動画配信を通じた広報」、「中高生や新成人を中心とした金融経済教育」などを通じ、消費者に対する啓発や金融リテラシー向上に取り組んできた。
 銀行界としては、引き続きこうした取組みを通じて、若年者をはじめとする消費者の多重債務防止に取り組んでいきたいと考えている。
 2点目は、反社勢力の確認方法である。具体的には、一つ目は、各行が新聞報道や警察、営業現場から入手した情報をもとに作っている反社データベースへの照会、二つ目は、警察庁が提供しているデータベースへの照会、これらを通じて取引の未然防止に努めている。
 加えて、継続的な反社チェックや預金保険機構の特定回収困難債権の買取制度の活用を通じた速やかな関係遮断にも取り組んでいる。
 反社勢力を銀行取引などから排除することは、銀行が長年築きあげてきた信用を維持し、より健全な経済・社会の発展に寄与するためにも、また、銀行やその役職員のみならず、お客さまが被害を受けることを防止するためにも、極めて重要な課題である。
 全銀協では、銀行界の行動規範である「全銀協行動憲章」に、「反社会的勢力との関係遮断」を掲げており、会員各行は「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」の趣旨を踏まえて関係遮断に取り組んでいる。


(問)
 日本政策投資銀行について伺う。6月に商工組合中央金庫の完全民営化が決まったと思う。対して、日本政策投資銀行に対する民営化の議論というのは、完全にはまだ道筋が見えていない状況である。日本政策投資銀行の民営化は、皆さまの日々の営業活動などに対して民業圧迫につながるのではないかという懸念が根強くずっとあるわけだが、3メガバンクをはじめとして、銀行界として日本政策投資銀行の存在をどう捉えているか、会長の見解を伺いたい。
(答)
 銀行界は、かねてより「政策金融機関は民業補完に徹し、それを前提に民間金融機関との連携、協調に努めるべきである」、と主張してきた。日本政策投資銀行については、適正な競争関係のもと、さまざまな分野で民間との連携が進んでいると認識している。
 まず、民業補完の観点では、日本政策投資銀行には、設立以来、経営会議の諮問機関であるアドバイザリーボードが設置され、社外有識者などにより、他の事業者との適正な競争関係の確保に関しても審議、評価を受けているものと認識している。主要行との意見交換も定期的に実施しており、現状、民業圧迫が懸念される事象は確認されていない。こうした枠組みが有効に機能していることが重要であり、今後も注視して参りたい。
 次に民間金融機関との連携、協調については、今後ますます重要性が高まっていくものと考えている。コロナ禍において、日本政策投資銀行は民間金融機関と連携して、飲食、宿泊等、深刻な影響を受けた企業に対する金融支援を行ってきた。今後、わが国の産業の重要分野であるGX推進やサプライチェーンの強靱化、スタートアップ、特にディープテック領域などに対して十分なリスクマネーを供給するには、引き続き官民連携が不可欠であると考えている。
 こうした相互の信頼関係が今後もしっかりと維持されていくことを期待している。


(問)
 中国経済について伺いたい。不動産の問題に端を発して、中国経済の減速を懸念する声があると思うが、今後、会長は中国経済にどのような見通しを持っているか。
(答)
 中国経済は、日本経済に大きく影響しており、非常に関心高く動向を見ている。中国政府は、不動産開発企業の資金繰り支援や住宅ローン規制の緩和など、不動産支援策を強化しており、不動産市況が大崩れするには至らないと見ている。
 一方、販売低迷により、これまでの過剰投資で積みあがった住宅在庫の調整は、2024年いっぱい続くと見ている。都市人口の増加や買い替えの需要に沿って、不動産投資が緩やかに回復へ向かうのは、その後のことになると予測している。
 不動産販売の低迷が続くなか、大手デベロッパーにおいて社債返済資金が不足するなど、開発企業の資金繰り懸念が表面化している。今のところ、同業・関連業者の連鎖破綻や金融システムの動揺には至っていない。デベロッパーの資金不足は「住宅を買っても引き渡しされない」というリスクを認識させる事象であり、住宅購入意欲を冷やすおそれがある。販売不振は長期化が予測されることから、不動産開発企業の資金繰りには引き続き注意を要すると考えている。
 不動産セクターは、関連産業も含めると中国のGDPの3割弱を占めている。また、金融機関の貸出に対する割合も2割を占める。中国経済および金融システムに与える影響は非常に大きいことから、今後の動向を注意して参りたい。

(問)
 LBO融資について教えてほしい。先般の金融行政方針でもLBO融資について言及があり、健全な融資慣行やリスク管理の高度化などの言葉で指摘されている。数年前にあった案件で、みずほ銀行も含めてモニタリングの強化など、入り口からいろいろなことを改善されていると思うが、加藤会長からご覧になって、現時点でどのような課題があるか、考えを聞かせてほしい。
(答)
 近年、上場企業の非公開化や大企業のカーブアウト、中小企業の事業承継などの増加を背景に、国内LBOファイナンス市場は拡大している。こうした需要の増加を支えるため、LBO市場のさらなる発展が必要だと考えている。
 金融庁によれば、大手行の国内LBOローン残高は、2017年3月は2兆円程度であったが、2023年3月には5兆円弱へ増加しており、案件規模も大型化している。こうした環境を踏まえ、大手行を中心にリスク管理態勢の高度化に取り組んでいる。
 しかし、今後も拡大が見込まれる市場を安定的に支えるためには、大手行のみならず、他の金融機関、ファンド、機関投資家など、多様なレンダーや投資家が新規に参入し、プレイヤーの裾野が拡大することも必要である。
 そのためには、まずLBOローンが投資対象として、より魅力のあるアセットとなることが重要である。LBOローンのリスクに見合ったリターンとなっていなければ、新しい投資家の広がりは見込めない。同時に、外部格付の取得やプライシングの公表などを通じて、適切な投資判断を可能とする透明性のあるマーケットインフラを整備していくことも求められる。
 リスク管理態勢の高度化と投資家の裾野拡大は、一朝一夕には実現しない。時間をかけた丁寧な議論と取組みが必要だと考えている。全銀協として、今後も他の市場参加者との意見交換を重ね、LBO市場の健全な発展に向けた最適解を模索して参りたい。


(問)
 1点お願いする。中古車販売大手のビッグモーターの問題を巡り、取引先の銀行団が同社の借り換え要請に応じない事案があったが、一連のビッグモーターの不正に対して、銀行界としてどのように捉えているか教えてほしい。
(答)
 全銀協会長会見の場であるので、個社の動向や個別の取引に関する質問について回答は差し控えるが、社会的に注目されている事案でもあるので、個人的な見解として簡潔にお話ししたい。
 今回のビッグモーター社の事案は、不正な保険金請求をきっかけに、同社の企業風土の問題や、関係する損保業界側にも波及する大きな問題になっている、と認識している。第三者委員会の報告書によれば、その不正を長年放置してしまったこと、結果としてお客さまからの信頼を裏切るかたちになってしまったことは大変残念に思っている。
 私ども経営者は、当然にして、社会から高いコンプライアンスが求められている。それを確保する内部統制のみならず、万が一、こうした不正が起きた場合も、早い段階から社内で問題提起の声があがるような企業文化を根付かせることも重要である。
 不祥事で企業が信頼を失うのは一瞬だが、失った信頼は簡単には回復しない。このことを私達経営者は、肝に銘じる必要がある。


(問)
 先日、一連のジャニーズ問題をめぐって、経済同友会の新浪代表幹事や、その他経済界の名だたる方々から厳しい反応の声が相次いでいる。銀行、金融機関含め、いろいろなタレントの方がCM、広告等に起用されているなかだが、一連の問題やその対応をどう考えるか。
(答)
 本件は社会的に大きな問題となっているため、個人的な意見として一言申しあげたい。
 未成年者に関わらず、性加害は許されるものではない。まずは精神面も含め、被害者の救済、補償が進むことを切に願っている。
 また本件は、未成年に対する性加害の事案であることに加えて、この事案を長期間にわたって問題視してこなかった一企業の心理的安全性の欠如、そして業界全体の慣習や不文律における課題等、さまざまな問題を投げかけている。報道によれば、同社と取引をする企業も、各社の人権方針に照らした対応を検討している、と承知している。
 企業活動における人権尊重は、今や、社会的に求められる当然の責務であるだけでなく、経営上のリスクへの対処であると同時に、社会からの信頼や投資家からの評価の源泉でもある。本件は、ビジネスと人権のあり方について、改めて考えさせられる事案である。銀行界としても、人権問題がある事案について、適切に対処して参りたい。