2023年12月14日

加藤会長記者会見(みずほ銀行頭取)

辻専務理事報告

 事務局から2点ご報告申しあげる。
 1点目は、お手元の資料のとおり、本日の全銀協理事会において、次期副会長を内定した。次期副会長は、9月に内定している次期会長と同じく、今後の理事会における正式な選定手続を経て、来年の4月1日付で就任予定である。
 2点目は、11月16日に公表したお手元の資料のとおり、当協会は、今月を「振り込め詐欺等撲滅強化推進期間」に設定しており、被害の未然防止に向けた啓発活動を展開している。もし関心等あれば、広報にご連絡いただきたい。

 

会長記者会見の模様


(問)
 最初に、全銀システムの障害の関係でお願いしたい。全銀ネットが金融庁に対して報告書を提出したが、銀行界を代表して改めて受止めと、今後どのようにフォローしていくのか。
(答)
 お客さまに大変ご迷惑・ご心配をおかけした全銀システム障害については、全銀ネット内に、全銀協の企画委員を中心としたタスクフォースを組成し、約1か月半にわたる発生原因の分析、再発防止策の検討を経て、11月末に金融庁へ報告書を提出した。
 この障害の根底には、やはり「50年間の安定稼動に依拠し、全銀システムにおいて大規模障害は起きない」という潜在意識があったと考えている。当然、再発防止策はゴールではなくスタートであり、障害の未然防止と、それでも起きてしまったときの被害の最小化に、銀行界も全銀ネットと一体となって全身全霊で取り組んで参る。
 個々の改善・再発防止策については、12月1日に全銀ネットのウェブサイトで公表をしているほか、同日の記者会見をご覧になられた方も多いと思うので、ポイントを絞ってコメントをしたい。
 今後講じていく改善・再発防止策は大きく四つの柱がある。一つ目が、システムベンダーに対する委託者としてのマネジメント強化。二つ目が、加盟銀行を含めたBCPの実効性の強化。三つ目が、大規模障害を想定した事務局の危機管理体制の強化。四つ目が、システム人材の育成とガバナンスの強化である。これらに着実かつ継続的に取り組み、環境や状況に応じた見直しを行っていくことで、組織に根付かせ、常に実効性の高い状態を保持して参る。
 具体的には、各施策を所管する委員会や検討部会などにおいて改善・再発防止策の検討を進め、実施状況や定着状況も定期的に確認していく。加えて、各施策の進捗状況のフォローアップに特化した役員級の会合である「RC障害対応タスクフォース」でフォローアップをしていくほか、外部の有識者によるレビューや提言を踏まえて、必要に応じて追加的な対応を検討していく。
 全銀ネットが、内国為替取引の根幹を担う決済インフラの運営主体として社会から真に信頼される存在となるべく、全銀協も一体となって取り組んで参る。


(問)
 2点目は、政府が昨日、国民の資産形成と企業価値向上の好循環を目指す「資産運用立国実現プラン」をまとめた。家計の資産が世のなかに流れれば経済全体の成長にも繋がっていくと思う。銀行界としてどのように貢献していく考えを持っているか。
(答)
 資産運用立国に関しては、金融審議会の「資産運用に関するタスクフォース」に全銀協もオブザーバーとして参加をしてきたが、このほど報告書が取りまとめられた。また、昨日開催された新しい資本主義実現会議の「資産運用立国分科会」において「資産運用立国実現プラン」が取りまとめられた。
 今回の報告書や実現プランでは、資産運用業やアセットオーナーの改革を中心に、インベストメント・チェーン全体を俯瞰した課題について、総合的な取組み推進の方向性が示されたものと受け止めている。
 資産運用業の高度化を図り、家計の貯蓄が資産運用を通じて成長資金として企業に供給されることで、政府が目指す「成長と分配の好循環」が生まれ、経済全体の成長に繋がっていくことを期待している。
 この流れのなかで、銀行界は主に販売会社として、家計資産と資産運用を結び付ける役割を担っている。今回の報告書では、運用商品の多様化に向けた方策なども盛り込まれているが、販売会社としては、顧客の利益に資する良質な運用商品を選定・提供することが果たすべき役割なので、しっかりと販売会社としての機能発揮に努めて参りたい。
 特に銀行は、他の業態と比べて預金や決済などのサービスを通じて、家計や個人にとっても身近な存在として位置している。その意味でも、家計の資産運用の裾野を広げ、貯蓄から投資の流れを加速させるうえで、銀行が果たす役割も大きいと思う。そうした銀行の強みを活かしつつ、資産運用立国の実現に貢献して参りたいと考えている。


(問)
 3点目は、昨日、FOMCが開かれたが、日本銀行でも来週、金融政策決定会合が開かれる。長らく続いたマイナス金利がじきに解除されるのではないかといった観測も広がっているが、解除についてどう見ているか、また解除に向けた期待あるいは懸念があれば聞かせてほしい。
(答)
 個人的見解として申しあげる。
 金融政策の変更に関しては、賃金・物価の好循環実現による持続的・安定的な「物価安定の目標」の達成が十分な確度を見通せることが条件だと認識している。この点、植田総裁は今の状況を、「賃金・物価の好循環はよい芽が出ている」と言及しつつも、「順調に強まっていくのか不確実性が高い」と説明している。
 また、氷見野副総裁は、「経済の動きのなかでいろんなシグナルが混ざって観察されるなかで、どこかで判断していく必要がある」とコメントしている。
 マイナス金利解除については、そうした経済のプラス・マイナス両面を見極めて判断されていくものと理解している。
 なお、銀行界においては、マイナス金利を含め、長期にわたる金融緩和により資金利益が圧迫されているという副作用が生じている。
 日本銀行に対しては、政策の効果・副作用のバランスを見ながら、適切な金融政策運営がなされることを期待している。
 また、今後も講演や記者会見などの情報発信を通じ、密なコミュニケーションをお願いしたいと考えている。


(問)
 プライベート・デットについて伺いたい。最近、海外では融資の出し手としてかなり存在感を増しているほか、国内でも機関投資家の間でかなり関心が高まっていると聞いているが、プライベート・デットが金融システムに与えるインパクト、影響等をどのようにお考えか。
(答)
 米国では、コロナ禍対応の金融緩和から急激な金融引締めに転換するなか、3月に発生した米地銀破綻や、銀行規制をめぐる議論により、足元、銀行貸出には減速感が見られる。一方、高い利回りを求める投資家の需要が高まり、銀行貸出を補完するかたちでプライベート・デット・ファンドが拡大してきたと理解している。
 プライベート・デット・ファンドは、中堅・中小企業への相対貸出、メザニン、ベンチャー企業など、それぞれの戦略に応じて投資を行っている。異なるリスク許容度の資金をクレジット市場に呼び込んでおり、米国クレジット市場の投資家の多様性、厚みに一役買っていると言える。
 一方、資金の出し手である投資家は、リターンの最大化を追求するため、資金の足は、速い傾向にある。ひとたびリスクオフが意識されると、ファンドからの資金流出は速いと思われる。。
 また、プライベート・デット・ファンドを含むノンバンクの金融仲介は、銀行などの規制業種に比べて監督当局からの監視が行き届きにくい面もある。現在、金融安定理事会を中心に、流動性リスク管理の高度化などノンバンク金融仲介に対する規制強化が検討されていることも、こうした背景からだと認識している。
 このように、プライベート・デット・ファンドはメリット、デメリットがあるが、日本では、金融機関の融資による間接金融が資金供給の中心であり、スタートアップ企業への融資など、各々のリスクに応じた資金の出し手の存在は、まだ限定的である。投資家層の多様化、資金供給手段の幅の広さは、米国に見習うべきこともあるのではないかと思っている。


(問)
 2点伺う。1点目がサステナブルファイナンスに関して、グリーンウォッシュのように実態が伴っていない場合、銀行界はどのように判断しているのか。2点目は政府の骨太方針でもスタートアップの支援と推進が打ち出されているが、銀行がスタートアップを支援あるいは育成するうえで、制度面、あるいは実務面でどのような障害、ハードルがあるのか。
(答)
 1点目はグリーンウォッシュに関する質問である。金融機関によって取組みはさまざまであると思うが、「お客さまの取組みが実態を伴っているか」については大きく二つのアプローチで確認をしていると理解している。
 一つ目は、お客さまとの日々の対話や統合報告書などの開示資料を通じて、お客さまの取組みを理解し、定期的に移行戦略の進捗状況を確認している。仮にお客さまの取組みが具体性や客観性、実績に欠ける状況が続く場合は、エンゲージメントを通じて移行戦略の再策定を支援していく。
 二つ目は、サステナブルファイナンスなどの資金実行時の確認である。具体的には、調達資金がどのような事業やプロジェクトに使用されているのか、また、お客さまがグリーンであるといかに判断をしたのかについて、意思決定プロセスの確認・評価を行っている。多くの投資家が参加する社債や協調融資の場合は、国際原則との整合や第三者機関の評価なども鑑みて組成する場合もある。
 サステナビリティの分野は大変動きが早く、新たなファイナンス手法や国際原則の変化なども生じる。常に国際的な動向にも注視し、脱炭素社会実現に向けて、今後もお客さまの取組みを十分理解したうえで支援を進めて参る。
 2点目は、スタートアップ支援の銀行界の役割、課題についてである。スタートアップは次世代の産業を創っていく重要な存在であり、銀行界もデット・エクイティ両面で積極的に支援している。銀行界による支援の課題は、事業性評価の高度化と資金供給手段の多様化と考えている。
 まず、事業性評価についてだが、投融資の判断においては、スタートアップのアイデアや技術の優位性への理解が不可欠である。全銀協では、2023年1月にスタートアップ支援に関する申し合わせを実施した。そこでは、「事業価値や将来性を踏まえて多様な資金ニーズに対応すること」を申し合わせており、各会員行が担保、保証などに依存しない事業性評価の高度化に向けた創意工夫を続けている。
 例えば、みずほ銀行では、専門部隊の設置やベンチャーキャピタルとの連携強化など、目利き力を高める取組みを10年近く継続している。厚みのあるノウハウが蓄積された業種もある一方、ディープテックなどは、高度な専門性の理解と長期的な視点での実現可能性評価が必要になる。こうした領域における取組みは常に進化させていく必要がある。
 次に、資金供給手段の多様化について。政府のスタートアップ育成5か年計画では、投資を5年で10倍に増加させるという意欲的な目標が掲げられている。この実現のためには、伝統的な融資以外の資金供給手段も活用していく必要がある。
 例えば、特に大きな資金を必要とするグロースステージのスタートアップ向けに、デットファンドを設立する会員行もある。ファンド運営のノウハウを蓄積することで銀行の新たなリスクテイクの手段とするほか、今後、銀行以外の投資家を呼び込む手段へと発展していくことも期待している。
 エクイティ面では、銀行は投資専門子会社を通じた出資を行っている。現在、ディープテック企業など、より長期間の支援を要する企業に対しても出資できるよう、さらなる要件緩和を要望している。
 そのほか、大学との連携によるディープテック企業の創出や海外展開支援など、資金面以外の多面的なサポートも行っている。こうした取組みを通じて、スタートアップ企業の成長を積極的に支援して参りたい。


(問)
 先ほど、プライベート・デットの話が出たが、私は投資家を増やすため、またデットの本当の価格を発見するためにも、ローンのセカンダリーマーケットがもう少し発展してもよいかと思っている。一方で、英語でいうスキン・イン・ザ・ゲームではないが、実際にリスクを自分で抱えないと、融資規律が甘くなってしまうという考え方もある。ローンのセカンダリーマーケットについて、どう考えるか。
(答)
 全銀協の貸出債権市場取引動向調査によると、債権譲渡やローンパーティシペーションなどによる貸出債権の流動化実績は、2004年の3.6兆円に対して2022年は3.7兆円である。貸出債権市場の発展の必要性が議論された2000年代初頭以降、約20年の間に増減はあったが、セカンダリー市場の規模が発展しているとは言い難い。一方、米国の市場では、シンジケートローンの組成額が2022年は約2.5兆ドルと、日本の約10倍の規模となっている。組成されたローンの一部は利回り条件に応じて分けられ、リスク選好の異なる多様な投資家に対してセカンダリー市場で売却されている。プライマリー・セカンダリー市場がまさに一体で発展してきた経緯がある。
 日本では、伝統的にお客さまと金融機関の双方が長期的な取引関係を重視する、いわゆるメインバンク制にもとづく融資慣行が主体となっている。また、緩和的な金融政策の下、低い預貸率も相まって、金融機関には貸出債権を保持するインセンティブも働いている。同時に、国内の長期貸出金の約定金利は1%前後と低位が続いている。今後は金利環境が変動するとしても、短期的には多様な投資家の関心を集める水準となる可能性は低く、コーポレートローンのセカンダリー市場の需要拡大は見込めないと考えている。
 ただし、例えばLBOは、近年日本において案件が大型化する傾向にある。金融機関が与信集中リスクを緩和するために、保有する貸出債権額を調整するニーズも生まれつつある。まずはこうした特定のアセットクラスについて、市場参加者の需要に応じて、セカンダリー市場のインフラが整備されてくる。こういった変化が生じる可能性があると考えている。


(問)
 1点目は、昨日、日本銀行が発表した短観において、製造業・非製造業とも改善傾向がみられているが、改めて足元の国内の景気認識、それから今後の見通し、懸念なども含めてどのように考えているのか、お伺いしたい。
(答)
 製造業・非製造業ともに景況感は改善しており、日本の企業部門は底堅く推移していることを示す結果と評価している。
 具体的には、大企業・製造業の業況判断DIはプラス12%ポイントと、前回の9月調査から3%ポイント改善している。これは、米国経済の堅調さが続いていることや、円安による輸出企業の採算が改善したことが背景にあると考えている。また、部品不足の緩和に伴う自動車生産の回復も、景況感のプラス要因になったとみている。
 大企業・非製造業の業況判断DIは+30%ポイントと、前回の9月調査から3%ポイント改善している。国内の個人消費は、物価高による節約志向により弱い動きになっているが、インバウンドの急速な回復が景況感を下支えしたとみている。
 2023年度の設備投資計画は前年比+12.8%ということで、9月調査時点の計画からは小幅な下方修正にとどまり、高水準を維持している。
 建設費などのコスト上昇や、供給制約による受注制限を背景に、2023年度前半の設備投資は進捗が遅れているが、再生可能エネルギーや省エネルギーなどの脱炭素関連投資、人手不足に対応するための省力化投資、半導体工場の建設といったサプライチェーンの強靱化に向けた投資には、根強い需要があると感じている。


(問)
 2点目は、10月の日本銀行の政策修正以降、定期預金の金利を引き上げる銀行が、メガバンクおよび地銀ともに目立ってきているが、こういった金利が上昇していくなかで、個人預金の位置付けは今後どのように変わっていくと考えているのか、お伺いしたい。
(答)
 金利が上昇することで、銀行における個人預金の重要性は高まると考えている。法人の決済性預金に加えて、個人預金は資金の粘着性が高い傾向にあり、貸出に対する重要な原資である。
 金利がある世界においては、より高い預金金利を求め、お客さまが資金を他の金融機関へ移動させる動きが出てくることが予想され、今よりも資金の粘着性が落ちる可能性がある。預金金利の引上げや、より良いサービスの提供により、安定的な個人預金を確保する重要性が高まると考えている。
 また、個人預金はマスリテールビジネスの起点である。例えば、金利上昇、インフレの世界においては、現預金は額面が減ることはないが、実質的な価値が下がる一方、資産防衛の観点から、資産運用・資産形成の裾野が拡大することが予想される。こうした資金運用ニーズを獲得する観点からも、個人預金の重要性は高まると考えている。


(問)
 来週、日本銀行の金融政策決定会合が残っているなど、年末にかけてまださまざまな経済のイベントが控えているが、今年最後の会見ということで、来年の経済についてどう見通しているか教えてほしい。また、今年1年を振り返っての感想もあれば教えてほしい。
(答)
 今年の日本経済は、全体としては緩やかな回復基調が継続した1年と総括できると思っている。みずほリサーチ&テクノロジーズでは、今年の実質GDPは、前年比プラス2%で着地すると見ている。
 海外経済の減速や世界的な半導体市況の低迷を受けて製造業分野がやや低調だったものの、新型コロナウイルス感染に対する懸念が後退したことを受けて、サービス分野を中心に回復傾向が続いてきた。国内旅行も徐々に長期化・遠距離化が進むなど、コロナ禍前の風景が戻ってきたのではないのかと思う。
 欧米対比で経済活動の回復が遅れていた分、回復余地が残されていたとも言える。
 来年は、今年よりは弱いながらも、引き続き回復基調が続くと見ている。インバウンドの需要回復、自動車生産などのペントアップ需要は一巡に向かうが、しっかりとした賃上げが続くと思われ、緩やかながらも実質賃金が改善することを受けて個人消費が増加すると考えている。また、企業業績の改善などを背景に設備投資が拡大することも期待される。
 一方、これまでの利上げの影響から米国の景気減速が懸念されるなど、世界経済の停滞感が強まることが外需の重石になることは懸念材料である。
 なお、みずほリサーチ&テクノロジーズでは、2024年の実質GDPは、前年比プラス0.9%を予測している。


(問)
 今の質問に若干関連する。今、会長から賃上げが続くことで個人消費が増加するという明るい見通しのお話しがあったが、金融界だと保険などでは賃上げの流れとして具体的な数字が出てきたが、銀行界からはメガバンクを含めまだ出てきていない。この点、銀行界としてどのように考えているか。
(答)
 まず全体の話だが、物価高対策のみならず、人的資本経営の観点からも、持続的な賃上げの機運が高まっていると認識している。全業界での平均値は来年の春闘でプラス3.8%程度と、今年以上の賃上げ率になるとみずほリサーチ&テクノロジーズで試算している。
 人件費の上昇は、サービス分野を中心に価格の押上げ圧力となる。賃上げにより、家計の購買力・消費需要が高まることで、企業は価格転嫁でき、次の賃上げにつながるという好循環を生み出すことができる。
 経済については、今申しあげた「賃金と物価の好循環」の実現は、コストカット型経済からの脱却を意味している。良いモノ・サービスには高くとも適正な料金を支払うという循環が、新たな価値創造に向けた投資需要を喚起し、経済の活性化につながると考えている。
 この好循環により、持続的・安定的な「物価安定の目標」の達成を見通すことのできる状況に至ったと判断されれば、日本銀行は金融政策の変更も含めて検討すると認識している。
 また、ご質問いただいた銀行界の賃上げであるが、これは各行の経営環境・経営戦略は一様でなく、銀行界として一律に定めているものでもない。個人的見解になるが、物価水準や人材確保の検討、人的資本経営に取り組むなかで、賃上げは十分にあり得るのではないかと考えている。


(問)
 来週、金融政策決定会合を控えるなかで恐縮だが、今の日本銀行の植田総裁体制について、政策の運営に関して今までの振り返りと、今後期待することを伺う。
(答)
 金融政策は、日本銀行の専管事項であるため、個人的見解を申しあげる。植田総裁は、講演や記者会見などの情報発信を通じて、現状の金融政策の考えについて、一貫して丁寧に説明をしておられる。日本銀行は、植田総裁が就任された以降も粘り強く金融緩和政策を継続している。
 約40年ぶりの物価高のなかで、コロナ禍からの着実な回復が日本経済に求められるところ、大きな混乱もなく金融政策を運営している点は評価できるのではないかと思っている。
 本年7月ならびに10月の金融政策決定会合では、将来的に物価が上振れる際の金利上昇圧力から生じる副作用を予め軽減するためにイールドカーブ・コントロール運用の柔軟化が実施された。
 また、企業の賃金や価格設定行動に変化の兆しが見られるなど、日本銀行の目指す賃金・物価の好循環の「良い芽」が出てきていると植田総裁は指摘している。
 日本銀行は、今後の賃金・物価動向を見極める重要な局面にいると認識しており、植田総裁には、引き続き市場との十分な対話をお願いしたいと思っている。

(問)
 政治の話になって恐縮だが、政治資金の関係で4人の閣僚が交代している岸田政権の現状について受止めを教えてほしい。
(答)
 個人的な見解になるが、岸田内閣は「新しい資本主義」を掲げ、デフレからの脱却、力強い経済の再生に加え、GX・DX政策の推進、あるいはこども・子育て政策の強化などに精力的に取り組まれている。岸田総理自身、「国民の信頼なくして政治の安定はない。政治の安定なくして政策の推進もない」とおっしゃっている。政治の信頼回復と遅滞の回避により、安定した政権基盤の構築に取り組んでいただき、日本経済のさらなる成長のために、引き続き政策の実行に努めていただきたいと考えている。


(問)
 いわゆる同意なき買収提案について考えを聞かせてほしい。日本企業の間では、ついこの間までは敵対的買収といって、禁じ手、タブーのように受け止められていたが、今後増えてくるとの見通しが出ているかと思う。従来、日本の銀行は同意なき買収の場合、買収資金を融資することに躊躇しているとか、あるいは慎重姿勢だったと思うが、今後これは変わっていくとお考えか。
(答)
 同意なきTOBに関する判断は会員行によって異なるため、個人的意見としてお答えする。
 企業の買収は、シナジーの発揮や経営の効率化により、被買収企業の価値向上を実現することが本質的な目的である。そのためには同意のある買収、つまり被買収会社の経営陣が買収提案に同意し、また従業員にとっても合理的かつ賛同できる内容であることが、買収後の企業の事業戦略実行にとって重要であると考えている。
 一方、同意がない買収については極めて慎重な判断が求められる。具体的には、買付者の買収目的に正当性があるか、企業価値の向上に寄与するか、従業員にとってどうか、など各ステークホルダーへの影響やリスクを考慮しつつその支援の是非を検討する。これが従来からの基本的な考えである。
 同意なきTOBは、以前は極めて稀であったが、ここ数年は増加傾向にある。本年8月には、経済産業省より「企業買収における行動指針」が公表された。企業価値、株主共同の利益の原則などについて、当事者や関係者に対して行動規範の遵守を求めている。
 こうした環境を踏まえ、中長期的な事業戦略にもとづき真摯に買収提案を行う件数は、今後も増加していくものと思われる。TOBに係る同意の有無のみならず、この行動指針の考え方も十分に考慮し、銀行として支援方針を決定していくことが必要であると考えている。


(問)
 足元で企業倒産が少しずつ増えている状況で、そうはいっても、政策支援で中小企業の倒産がまだ抑えられている局面だと思う。ただ今後、政府としては税制とか、あるいは銀行界もガイドラインの整備を含めて、企業の新陳代謝を促すというか進めていく方向にあると思う。銀行界としては先行きをどうご覧になっていて、そういった中小企業の支援、場合によっては支援しないことも含めてどう考えているのか、どう対応していくのか教えてほしい。
(答)
 中小企業支援について、銀行界は資金繰り支援を最優先としつつ、経営支援・事業再生支援に注力している。
 中小企業の倒産件数は、東京商工リサーチによれば10月、11月は800件前後と、コロナ前をやや上回る水準である。特にサービス業、建設業、物流業などで厳しい状況が続いている。コロナ禍で倒産件数が抑えられてきた反動もあり、当面、倒産件数は現状の水準、もしくはそれを上回る水準で推移するとみている。
 こうした環境における銀行界の支援について申しあげる。
 まず、資金繰り支援である。全国銀行の中小企業貸出残高は2023年10月末で約409兆円と、同年3月末対比、約6兆円増加している。引き続き資金ニーズにしっかりと応えていく。
 次に、経営支援・事業再生である。11月に、政府より金融界に対し「経営改善・事業再生支援の徹底」について要請があった。「コロナ禍の資金繰り支援から、経営改善・事業再生支援に取り組む新しい段階への移行」について言及されている。銀行界としても、政府とともに中小企業の事業再生に一層注力する必要性を感じている。
 これまでも銀行界では、資本性劣後ローンなどの公的な支援制度も活用し、財務面の課題や事業再生に関する支援を行ってきた。また、昨年4月に公表された「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」等も活用し、退出を希望する企業に対する事業売却や廃業などの支援も継続している。
 今後、事業再生支援の取組みを促進するうえで重要なことは、経営環境が悪化する前から、早期に、体力のあるうちに事業再生に着手することである。
 11月より、全銀協が事務局となって、経営者保証や事業再生に関する各ガイドラインの改訂を進めており、早い段階から中小企業との対話を行うことの重要性を会員行に周知徹底している。経営者の事業意欲に応じた丁寧な取組みを通じ、企業や経営者の再チャレンジを支援することで、産業の活性化に寄与していきたいと考えている。


(問)
 有価証券運用について、国債などの含み損の拡大などを踏まえて、銀行によっては時価評価に左右されないようなかたちで満期保有目的債券に切り替えたり、あるいは償還を迎えたものを満期保有目的債券に動かしたりといった動きが増えていると思う。アメリカでは、破綻したシリコンバレーバンクなどは満期保有目的債券が多くてなかなか売却できないという意味で、その流動性に問題があったり、あるいは実態が分かりづらいという指摘もあったかと思う。日本の銀行はそこまでのレベルではないと思うが、こういった現状を踏まえてどうご覧になっているか、どう分析しているか、受け止めているか教えてほしい。
(答)
 満期保有目的の債券のメリット、デメリットについて申しあげる。金融商品会計においては、有価証券の保有目的に応じ、「売買目的有価証券」、「満期保有目的の債券」、「その他有価証券」などに分類されている。国債保有の大宗を占める中長期的な投資については、「満期保有目的の債券」もしくは「その他有価証券」に分類されている。
 一般論として、有価証券の経理処理については、取得時点での保有目的にもとづいて決定される。その後の保有目的区分の変更は、正当な理由がある場合を除いて認められないと理解している。満期保有目的の債券は、有価証券評価差額が資本直入の対象外になる。したがって、一時的な相場変動に過度に影響を受けることなく長期的な目線での安定的な投資が可能になる。これがメリットである。
 一方、デメリットは、原則、満期前の売却が認められないため、米国でみられるように、調達コストが運用利回りを超えて上昇した場合、逆鞘の状態が長期化するリスクがある。有価証券投資は、適切な金利リスク、流動性リスクの管理の下、メリット、デメリットと各行のリスク許容度を踏まえ、実施されるべきものと考える。


(問)
 MBOがとても流行している。企業はMBOを通じてアクティビストが入るケースが多いと思うが、そこを排除して、経営陣が経営の自由度を確保するメリットがあることも理解している。一方、一般的な買収案件と異なり、経営に大きな変化がもたらされない可能性もある。MBOは仕組み上、一般的に高い金利が付いた借金を事業会社が後々に負担するというケースが多いなかで、MBOを行うためのコストがその後の経営の重しになるという声もある。MBOも大型化してきており、バックファイナンスで銀行の方々が支援することが多いが、そもそも事業会社のMBOをどう評価していて、メリット・デメリットをどう考えているのか、教えてほしい。
(答)
 本年度はMBOによる上場企業の非公開化が相次いでおり、金額、件数共に例年に比べて高水準となっている。MBOによる非公開化は、上場を維持したままでは取りづらい中長期的戦略の実行や、大胆な変革による非連続的な成長を見据えた施策を実現していくための有効な手段のひとつであると認識している。
 銀行の立場で重要なことは、対象会社の戦略や改革の実現性の評価である。上場していることにより、短期的な業績達成や株主還元を求められることも事実である。一方、対象会社が実現すべきと考える中長期的な経営戦略や改革が、非公開化によって本当に実現していくかを丁寧に評価する必要がある。
 同時に、MBOには相応の費用負担があるのも事実である。組成時には、高度な専門性が求められるため、フィナンシャルアドバイザーや弁護士などに対する報酬が発生する。
 また、一般的に、MBO後は対象会社の負債水準が高くなることから、MBOにかかる調達金利も上昇する。こうした調達金利は、米国との比較において日本は低位であるが、MBO前のコーポレートローンの比較では高いと感じる企業があるのも事実である。
 こうしたMBOの費用と、今後の企業価値向上のための非公開化の必要性を慎重に比較検討することが必要である。その上で、「有形無形の所要コストが高過ぎる、見合わない」と判断する場合には、MBO以外の選択肢を提案していくことも、銀行が実施すべきサポートであると考える。