2024年9月19日

福留会長記者会見(三井住友銀行頭取)

辻専務理事報告

 事務局から2点ご報告申しあげる。
 1点目は、本日の理事会において、令和7年度の税制改正に関する要望書を取りまとめた。お手元に要望の概要要望書をお配りしている。今後、関係先に要望書を提出し、要望の実現に向けて働きかけていく。内容について不明な点があれば、会見終了後、事務局までご照会いただきたい。
 2点目は、先般、金融記者クラブの皆さまにご案内しているが、10月1日に、Japan Weeksにおける全銀協主催のイベントを銀行会館で開催する。当日はメディアの皆さまにも参加いただければと考えている。こちらも不明な点があれば、会見終了後、事務局までご照会いただきたい。

 

会長記者会見の模様


 本日は質問を頂戴する前に、私から、令和6年台風第10号による被害を受けた皆さまへ心よりお見舞いを申しあげたい。令和6年台風第10号では、広域にわたり甚大な被害が発生し、複数の県において災害救助法が適用された。犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、ご遺族の皆さまに対して謹んでお悔やみを申しあげる。
 被災地域が一日も早く復旧・復興を果たすとともに、被災された方々が通常の生活を一刻も早く取り戻すことができるよう、銀行界としても預金の払戻しやご融資に係る柔軟な対応を行うなど、しっかりと支援していく。

(問)
 3点ある。1点目、金利のある世界への対応について伺う。7月末に日本銀行の政策決定会合で追加利上げが決まったが、利上げの影響について、取引先の企業や個人の顧客の反応などを伺いたい。また、日本銀行では景気の情勢も考慮したうえで今回の利上げを決断したと思われるが、明日も決定会合がある。今後、利上げによって景気が冷え込まないようにするために、銀行業界としてどういった対応が考えられるか、見解を伺いたい。
 2点目、自民党総裁選についてである。今まさに総裁選の真っ只中だが、この選挙戦をどうご覧になっているか。銀行界として、新総裁、新政権にどういった期待を持たれているか伺いたい。関連して、岸田政権の3年間を振り返り、どう評価しているかも伺いたい。
 3点目、税制改正要望についてである。全銀協が取りまとめた要望書の中で、特に全銀協として実現を期待していることはどういった項目か。
(答)
 まず1点目、足元の利上げに対するお客さまの反応についてお答えする。各行が預金金利の見直しを行うなか、普通預金から定期預金へシフトする動きは一部見られるが、今のところそれほど大きなトレンドは見えてきていない。
 貸出金利の引上げについては、法人のお客さまの多くには市場金利の上昇に伴うものとしてご納得いただけているのではないかと認識している。ただし、いわゆる金利競争が激しい地域などでは一定数ご意見を頂戴していることから、金利環境や貸出金利の仕組みについて、より丁寧な説明が必要であると考えている。
 一方、個人のお客さまについては、具体的な取引に至ったケースはあまりないが、住宅ローン契約の固定金利型への切替えなど、金利上昇の備えに対するご相談はじわりと増えてきている。
 続いて、景気が冷え込まないようにどうするかという質問だが、GXやDX投資、あるいはさらなる事業拡大に向けたM&Aなど、企業の前向きな投資活動を後押しするため、これまで以上にお客さまの事業戦略に深くコミットした提案活動の重要性が高まってくると思う。また、財務基盤が弱く借入依存度の高いお客さまは借入コスト上昇の影響を受けやすいため注意が必要である。そうしたお客さまに対しては、業務斡旋を通じた本業の支援や抜本的な再生支援、場合によっては事業譲渡など、資金繰り支援にとどまらないサポートを銀行業界として行っていく。
 2点目は、まず先に岸田政権の振り返りについてコメントしたい。岸田総理は、いわゆる新しい資本主義の下で、デフレ脱却に向けて継続的な賃上げのための環境整備や、社会課題の解決を成長につなげる投資の促進といった主要政策に取り組み、わが国経済の底上げに貢献された。金融関係では、貯蓄から投資への実現を確実にするため、資産運用立国実現プランを策定、実行するなど大きな成果を挙げられた。加えて、少子化対策やエネルギー政策、多角的な外交の展開など、わが国の重要課題に正面から向き合い、各政策を着実に前に進められたと思う。3年間のご尽力に対し、敬意を表したい。
 次に自民党総裁選について、全銀協会長として選挙戦にコメントする立場にはないが、多くの議員が立候補するなか、これまで以上に国民の注目が集まっていることは確かだと思う。さまざまな政策テーマに対し、候補者がそれぞれの主張を明確にしたうえで、丁寧な議論を進めていただきたいと思う。どなたが総理・総裁になられても、冒頭申しあげた資産運用立国実現プランのような岸田政権の成果は是非、引き継いでいただいたうえで、新総理・新総裁ならではの工夫を凝らした成長戦略により、日本の再成長、豊かな国民生活の実現、わが国経済の好循環を確実なものにするための政策を、この1年、本当にこれは大事だと思っているので、積極果敢に取り組んでいただきたい。
 3点目、税制改正に関する要望については、全銀協として強く要望しており、特に実現を期待している事項は3点ある。まず、私的年金税制の拡充を最重点事項として要望している。人生100年時代を迎えるなか、現役世代が将来の不安を感じず、老後に至るまで生き生きと暮らせるようにするためには、私的年金による資産形成の役割が極めて重要だと考えている。加入者の属性によりバラつきのある拠出限度額を統一したり、私的年金全体の限度額を引き上げるなど、簡素で分かりやすく、加入のメリットを感じやすい、インパクトのある制度にしていただきたいと思う。
 次に、マイナンバー活用によるNISA制度の利便性向上など、事務関係の要望の実現も期待している。顧客利便性の向上と事務負担の軽減は銀行界にとって非常に重要なテーマであり、実務に照らして、可能な限り効率的な制度となることが望まれる。
 そして、国際競争力の観点から本邦金融機関が直面している各種の不公平な課税の解消を要望している。グローバルに活躍する本邦企業をお支えてしていくに当たり、実情を踏まえた適切な措置がなされることを期待している。


(問)
 FOMCについて伺う。本日利下げが決定されたが、今後の利下げの影響、また米国経済の見通しなど、ご見解があれば教えてほしい。また、銀行界への影響をどのように考えられているか。
(答)
 FRBの利下げは4年半ぶりで、これまでは利下げ開始の「タイミング」が注目されていたが、これからは利下げの「スピード」と「深さ」に注目が集まると思う。利下げ幅0.5%で、私自身は「おっ」と思ったが、よくよく見てみると、ドットチャートにおいては、政策金利の長期見通しである最終的な到着点、ロンガーラン金利は、わずかではあるが0.125%引き上げられており、中立金利は上昇している可能性が示唆されていた。FRBとしては、米国経済のソフトランディングに自信を持ちつつも、いわゆる「ビハインド・ザ・カーブ」に陥らないよう、あくまで予防的に、今回は大幅な利下げを行ったのではないかと受け止めている。
 今後の動向については、声明文において、「雇用とインフレの目標達成に対するリスクはおおむね均衡している」、「データ、変遷する見通しおよびリスクのバランスを注意深く評価する」とされているとおり、FRBのデュアルマンデートである「物価の安定」と「雇用の最大化」の動向を見ながら、機動的に対応していくものと見ている。
 8月初旬に公表された7月の雇用統計では、失業率が4.3%と、これも4か月連続の上昇となっていたが、8月の雇用統計では4.2%とわずかに低下したことから、一旦過度な不安感は後退している模様である。
 一方、インフレについては、声明文に「2%の物価目標に向けてさらに進展したが、依然として幾分高止まりしている」とあったとおり、徐々に沈静化しつつも、アメリカのインフレ圧力には根強いものがあると認識している。
 個人的な見解としては、米国経済は、底堅い個人消費をはじめ、基調的な強さは保ちながらも、FRBの柔軟なかじ取りにより、ソフトランディングに向かっていくものと考えている。これがメインシナリオである。ただし、経済が急速に悪化するリスク、逆に想定以上に再過熱するリスク、これはサブシナリオ、あるいはリスクシナリオだと思うが、そういうリスクもあるので、最新の経済データをつぶさに観察することで状況の変化を的確に捉えていくことが重要だと考えている。
 利下げに伴う日本の銀行業界への影響については、すでにヘッジ済みの銀行も多いかもしれないが、米国の金利低下は、保有している米国債の含み損が縮小する方向に作用する。また、海外のオペレーションが大きい銀行においては、金利低下と円高の双方が一定程度収益にマイナスの影響を及ぼす。ただし、FRBがいずれ利下げを行うことは概ね織り込まれていたので、その影響はコントロール可能な範囲内であると考えている。


(問)
 1点目は、先ほどのFOMCの利下げの関連で、利下げ局面における企業業績への影響をどう受け止めているか。2点目は、中国の深センで日本人学校に通う男の子が事件に巻き込まれたが、これに対する受止めと、中国駐在員への対応を含めて、会員行宛に何かしらの注意喚起をする予定があるか教えてほしい。
(答)
 1点目、本日未明にFOMCの結果が発表されて、まず株式市場については、注目イベントの一つが通過し、目先の円高警戒も一旦和らいだことを受け、本日は買戻し優勢となっていると思う。為替相場については、結局FOMCの結果が発表される前の水準に戻り、モデストな展開になったが、今後については、どちらかと言えば円高方向に動いていくと思っている。為替が円高方向に動くことによる、わが国の企業業績への影響については、やはり一般的には輸出企業やインバウンド関連の業種にとっては、円高がマイナスに働くこともあると認識している。他方、輸入産業のほか、これまで原材料価格の高騰などに悩んでいた国内の中小企業にとっては、当然プラスの影響が見込まれる。加えて、輸入物価の上昇に起因するインフレ圧力が和らぐという点があり、これは家計にとっては朗報ではないかと思う。これまでやや弱含んでいた個人消費が持ち直して、国内企業にとっても広くプラスの影響が行き渡ることを期待している。
 2点目は、中国での事件について。昨晩の報道で事件を知り、被害に遭われた男児の無事を祈っていたが、今朝方、誠に残念ながらお亡くなりになったとのことであり、深い悲しみを禁じ得ない。私自身、海外勤務が長く、娘は二人いるが、家族も帯同し上海で勤務していたこともある。このニュースを聞くと、本当に胸がつぶれる思いである。大切なご子息を失われたご家族には、心からお悔やみを申しあげるとともに、登校中の児童に対しこのような卑劣な行為が行われたことには激しい憤りを感じている。
 中国においては、今年6月にも蘇州で日本人学校のスクールバスが襲われる事件があった。今回、再び痛ましい事件が起きてしまったことも踏まえ、中国政府には、再発防止に向けた徹底的な対策に努めてほしいと、そう心の底から願っている。
 日系企業の海外オペレーションの拡大に伴い、メガバンクを中心に、銀行は海外展開を進めてきた。当然ながら、駐在員およびその家族の安全確保が大前提であり、会員行ではこれまでも最大限の対応を行ってきたものと認識している。全銀協としては、今回の事件を契機に、改めて会員行に対して注意喚起を行うこととした。平時より、海外拠点が所在する国・地域のリスク事象に関する情報の収集を行うことや、赴任前・赴任時研修の徹底、また、いざ危機が発生した際における従業員の所在管理、安否確認態勢の構築など、海外従業員およびその家族の安全確保の強化を促していく。


(問)
 2点伺う。まず1点目、損害保険代理店の情報漏えいについて伺う。大手損害保険会社から損保代理店に出向している従業員が情報を漏えいするといった不正事案が相次いでおり、そのなかには銀行系の保険代理店でもこういった不正があったことが明らかになっている。一連の動きについての受止めと、銀行界としてどのような対応をとっていくか伺いたい。
(答)
 大手損害保険会社から親密代理店への出向者による情報漏えい事件が相次いでいることについては、報道を通じて承知している。
 本事案の背景には、複数の保険会社の商品を販売する、いわゆる「乗合代理店」という保険業界のビジネスモデルにもとづく事情と、企業間の出向全般に共通する事情があると認識している。このうち、後者については業種を問わず共通するものであり、銀行業界にとっても、自らの情報管理態勢を見直す良い機会となったのではないかと考えている。
 銀行は、保険会社に限らずさまざまな企業から出向者を受け入れている。各銀行が出向者を受け入れる際には、機密性の高い情報を扱うことを出向者に十分理解させ、情報管理を徹底していく必要があると考えている。
 お客さまからの大切な情報をお預かりしている銀行業界としては、今後も厳格な情報管理態勢を構築し、お客さまの期待に沿った業務運営に努めていく。


(問)
 2点目は、手形・小切手の電子化について。三井住友銀行やみずほ銀行といった大手行が、紙の手形・小切手の既存顧客を含めた発行の終了を相次いで明らかにした。中小企業間の決済で手形・小切手は年間2,000万枚規模の取引があるなかで、中小企業の混乱を招くリスクはないのか。全銀協はこれまで、政府、産業界と一体で26年度までに手形・小切手を全面電子化していくという目標を出していたが、今後、混乱を招かないためにどのような施策を検討しているか。
(答)
 全国の手形交換枚数は、でんさいサービスが開始された2013年の約7,300万枚から、足元の約2,500万枚まで順調に削減が進んできた。
 当初は、デジタル化に抵抗感をお持ちのお客さまも一定数いらっしゃったが、「使ってみたら思いのほか便利だった」とのお声もいただいており、でんさいその他のデジタル取引はだいぶ定着してきたものと認識している。
 今もなお、手形・小切手の利用を続けているお客さまには、それぞれ特有の事情があると思われるが、我々銀行としては、お客さま一社一社のネック解消をお手伝いし、一日でも早くデジタル化のメリットを享受していただきたいと考えている。
 主なネックは3点あると理解している。一つ目は、デジタル化そのものへの抵抗感である。ここ数年でデジタル化に取り組む中小企業は大幅に増加し、全体としては、そのハードルは徐々に下がっているものの、依然として抵抗感を持つ企業も存在する。システムの使い勝手を改善し、操作案内を充実させるなど、お客さまに寄り添った対応を進めるとともに、印紙税、輸送費などのコスト削減や事務負担軽減などのメリットをお伝えすることで、お客さまのデジタル化を後押ししていく。
 なお、でんさいネットでは、今年中にでんさいライトをリリースする予定である。スマホやタブレットなどで手軽に利用できるものであり、デジタル化のエントリーバリア引下げにつながるものと大変期待している。
 二つ目は、支払い側がデジタル化を望んでも、受け取り側がデジタル化にためらうケース、またその逆のケースもある、ということである。そうしたネックの対策として、支払い側と受け取り側の双方へのアプローチを進めるとともに、必要に応じて両者をお呼びして勉強会を行うなど、お客さまがデジタル化の機会を逃さないよう取組みを進めていく。
 三つ目は、出先で受け渡しできるという手形・小切手の特性を前提とした商慣行が存在することである。こうした商慣行には手形・小切手の紛失や盗難というリスクが存在することから、例えば支払い側、受け取り側がそれぞれの経理担当者に電話連絡のうえ、送金を実施することで決済を完了させるなど、デジタルの活用による安心・安全な取引に切り替えていくことも促していく。
 このように、銀行界としてはお客さまとともにネックの解消に取り組み、2026年度末までに全面電子化を成し遂げたいと考えている。


(問)
 デジタル給与払いについて、昨年4月に解禁され、今年8月になってから資金移動業者の第1号としてPayPayが認可された。利用者にとっては選択肢が増える一方で、現時点ではデジタル給与口座に100万円の上限がつくなど、利便性の面からの課題があり、参入事業者は限定的になっている。デジタル給与払いは、今後、制度の見直しが行われることも想定されるが、銀行界としての見解を伺いたい。
(答)
 もちろん給与は労働者の生活の糧であり、安全かつ確実に支払われることが必要である。長年にわたり給与振込を取り扱ってきた我々銀行界も、安心・安全なサービスの供給に一所懸命努めてきた。各種の規制にもとづく財務の健全性確保に加え、金融犯罪被害の防止、サイバーセキュリティ、災害対応など、多面的な取組みを行ってきている。
 デジタル給与払いについても、利便性はもとより、給与の取扱いに必要な安心・安全の確保が前提に解禁されたものと理解しており、そうした観点で制度、運用のあり方を検証していくことは重要と考えている。
 一方、デジタル技術の進展や価値観の多様化を踏まえ、キャッシュレスの推進を通じたお客さまの利便性向上に取り組んでいくことは引き続き重要である。
 銀行界も、デジタル給与払いなどの新たなサービスと切磋琢磨しながら、自身の取組みを高度化していくことが求められていると考えており、サービスの多様化・高付加価値化を進め、お客さまに引き続きお選びいただけるよう不断の努力を続けていく。


(問)
 自民党総裁選について。候補者らの意見は、金利のある世界を前提にして経済財政政策を議論する意見と、超低金利下で金融緩和をさらに継続し需要を喚起すべきという意見の二つに大別されると思う。会長としては金融緩和をさらに継続していく必要性についてどのように考えているか。
(答)
 今、わが国経済がデフレから脱却できるかどうかは非常に微妙なタイミングであり、金融政策のあり方についてはさまざまなご意見があると認識している。銀行界としては、日本銀行がさまざまな状況を勘案して、責任を持って判断されるものと理解している。


(問)
 日本銀行の利上げから1か月半が経過したかと思うが、日本銀行の審議委員からは、中立金利に関連して少なくとも1%までは金利を上げるべきという意見もある。一方で、過去30年経験したことのない金利水準になっていけば、経済と国民生活がついていけるのかという懸念もある。会長は日本経済と国民の金利耐性について現状でどのようにみられているか。
(答)
 まず、中立金利については田村審議委員のご発言のことだと思うが、自然利子率の最低値をマイナス1%、予想物価上昇率をプラス2%とし、その合計値として1%とおっしゃったと理解している。自然利子率の推定値は手法によって大きなばらつきがあるため、中立金利についても画一的に推計されるものではないと思っている。
 次に、利上げに対する耐性に関するご質問について。まず企業については、中小企業も含めた昨年度の経常利益は全体で前年度比プラス12.1%と高い伸びを示しており、利益剰余金も601兆円と、過去最高を記録している。急激なピッチで利上げが進まない限り、全体でみれば利上げ負担の増加に耐え得るだけの財務状況にあると考える。
 家計については、これも全体では預金や債券などの利子を生む資産の残高が、住宅ローンや消費者ローンといった負債の残高を大きく上回っている。そのため、金利が上昇した場合、利息収支は改善し、マクロで見ると金利上昇への耐性があると理解している。ただし、お客さまによって財務状況は様々であり、一部のお客さまにおいては、金利上昇によって財務状況が厳しくなることも想定される。
 こうした状況を踏まえ、既存の借入があるお客さまについては財務状況を丁寧に確認し、それぞれのご事情に応じて適切に対応していく。また、新規に借入を検討されるお客さまに対しては、借入計画の妥当性などを入念に検証して参りたい。


(問)
 1点目は、銀行の投資専門子会社の業務範囲の緩和について尋ねる。金融庁でも府令の改正案が出ているが、設立10年以上の企業への出資など今後要件が緩和される見通しでディープテック企業の支援が期待されているかと思う。一般的なベンチャーキャピタルと比べて、銀行系の投資専門子会社の強みはどうお考えかという点と、足元の地域銀行でも投資専門子会社の進出も増えているが、業界全体として、今後の専門子会社の分野での課題をどうみているか、ご見解を伺いたい。
 2点目は、東証の資本コスト、株価を意識した経営の要請についてである。要請から1年半ほどが経ち、東証が今後の施策について公表した。この受止めについて教えてほしい。業種別でみると、銀行業は同要請にもとづく開示率は高いと思うが、引き続き平均のPBRでみると、1倍を大きく下回る水準にあろうかと思う。今後の企業価値向上に向けて銀行業に求められることについても伺いたい。
(答)
 1点目、一般的なベンチャーキャピタルと比べると、銀行系の投資専門子会社の強みは、銀行グループの総合力を活かしてスタートアップの成長を支援できる点にあると思っている。
 まず、銀行系投資専門子会社は、銀行の豊富な資金力を背景に投資額が大きい案件でも取り扱いやすいという強みがあると考える。
 次に、銀行のネットワークを投資先のソーシングや業務斡旋などの本業支援に活かせるという点も強みだと思っている。
 そして、三つ目には、当然法令の順守が前提となるが、銀行、証券、クレジットカードなどをはじめとするグループ会社のあらゆる金融サービスを活用して総合的な支援を行えることも強みだと思っている。
 一方で、課題もあり、投資専門子会社に対する規制緩和が行われてから、まだ日が浅いため、投資ノウハウの蓄積という観点では依然として向上の余地があると思っている。
 また、ベンチャー・キャピタリストの育成の内製化も課題で、今のところ、キャピタリストの確保という点では、独立系のベンチャーキャピタルやコンサルティングファーム、あるいは、投資銀行からのキャリア採用に頼っている部分が多いが、特に地方においてはこうした人材確保の課題が顕著であると認識している。
 いずれにしても、銀行系であることの強みを活かしながら、一つ一つ実績を積み上げることでこうした課題を克服し、スタートアップ支援の領域において存在感を高めていければよいと思っている。
 2点目、企業が、投資家との建設的な対話を通じて、資本コストや株価を意識した経営を実践することは、企業の持続可能な成長を支える基盤である。また、投資家サイドも、短期的、表面的な視点のみに偏らず、投資先の中長期的な企業価値向上を支えるという視点で対話に臨むことが必要である、という東証の主張はまさにそのとおりであると思う。
 海外投資家にとって投資先としての魅力が高まり、海外からの資金流入が増加することで、日本市場が活性化する、という好循環を、企業、投資家、市場運営者が一体となって実現していくうえで、東京証券取引所が今後の方針を示したことは大変意義深いものだと受け止めている。
 次に、銀行の多くがPBR1倍を大きく下回る水準にある件についてお答えする、銀行界も、当然ながらPBR1倍の達成を目指していくべきだと考えるが、健全性の維持のための資本規制や、金融インフラとしての公共的使命など、銀行界特有の制約があり、PBR1倍の達成は簡単ではない面もある。
 他方で、金利のある世界が到来するなど、銀行を取り巻く環境は刻々と変化している。銀行はこうした環境の変化を踏まえ、社会的価値と経済的価値の双方を生み出す成長戦略の策定、投資家との建設的な対話などを通じて企業価値の向上に継続的に取り組んでいく必要があると考えている。


(問)
 貸出金利について伺う。市場経済は、価格の持つシグナルという機能を通じ適切な資源配分を実現する社会経済だと考えている。お金の値段は金利であるが、日本は長らく低金利環境下で、金利が低く抑えられていた。これは、価格シグナルとしての金利が機能していなかった状態とお考えか、それとも単に企業や家計がたくさんお金を持っており、お金の供給が需要を大幅に上回ったため、それを素直に反映したという意味では価格シグナルとしての機能を発揮していたのか、どちらとお考えか。
(答)
 本来金利が下がれば、それがシグナルとなって借入れの需要が喚起され、経済活動が活発化し、景気が上向くことで今度は金利が上昇する、というパスを描くのがセオリーだが、わが国では1990年代のバブル崩壊以降、物価や賃金が上がらず、消費者、企業にデフレマインドが定着していたほか、成長への期待も剥落していた。こうした環境下、超低金利であってもセオリーどおりには需要が喚起されないなど、金利がシグナルとして十分に機能していなかったと認識している。これには、需要を大きく上回る資金が供給されていたことも影響しており、こうした要因が相まって超低金利環境から脱することができなかった、あるいは、非常に時間を要したと考えている。
 足元では、企業業績が好調を維持し、設備投資が高水準で推移しているほか、個人消費についても賃上げの効果や賞与の増加を受けた所得環境の改善により、ようやく持ち直しの動きが見られるなど、わが国の経済は緩やかに回復している。こうしたなか、金利が貸出金の価格シグナルとしての本来の機能を取り戻していくものと期待している。


(問)
 個別案件で恐縮だが、カナダのコンビニ大手のクシュタールがセブン&アイ・ホールディングスに対して買収提案をしている。今後の展開によっては、セブン&アイ・ホールディングスの合意がなくても買収が成立する可能性が十分に残されている。規制を乗り越えて資本市場のルールを守っていれば、つまり、投資家の利益を最優先に考えれば、どんな企業でも買われてしまう可能性がある、という世界観が到来したと実感するような出来事だと思っている。政府も外為法の整備やM&A指針の整備などで、こうした世界観を招いてきた側面もある。こうした世界観というのは、保身しか考えないような一部の身勝手な経営者をあぶり出すという意味では良いという議論もある一方、ステークホルダーは本当に株主だけなのかという視点から、それでいいのかという議論もある。ここにいる皆さまも全員セブン-イレブンに行ったことがあると思うし、そうした消費者との距離が近い会社にこういうことが起きて、国内ではいろいろな人の意見が飛び交っているのが現状である。こういった世界観が到来するに当たり、日本の銀行も振る舞いの変化が求められる時代になったのだろうと思っている。一般論として、海外の企業が国内企業を買収するに当たり、邦銀は、被買収企業の取引金融機関の立場にあると思うが、どのようなスタンスを取るのがいいか、意見を伺いたい。
(答)
 個別企業に関するご質問については、コメントを差し控えさせていただき、一般論として申しあげたい。
 まずは、買収の是非を検討するうえでは、買収によって企業価値が向上するかどうか、また、投資家、つまり株主の利益が適切に確保されるかどうかという点が、極めて重要となる。こうした点を判断する際には、買収が従業員や取引先、顧客などのステークホルダーとの関係を変化させ、中長期的にはむしろ企業価値を損なう可能性がないかなど、株主だけでなく、あらゆるステークホルダーにとっての影響を総合的に考慮することが必要になると理解している。対日M&Aにおいても、基本的な考え方は同様であると考えている。被買収企業の取引金融機関の対応としては、こうした観点を十分に踏まえながら、お客さまと丁寧に対話し、お客さまの企業価値向上に向けたサポートを行っていく、ということではないかと考えている。


(問)
 国内の半導体産業への金融支援について伺う。政府が次世代半導体の量産を目指すラピダスの支援を念頭に新法を制定する方針で、このなかで民間の金融機関からの融資に政府保証を付ける案などが浮上しているが、この辺りの案をどのように受け止め、評価をしているか。また、ラピダスに限らず、一般論として半導体産業は非常に巨額の資金調達が必要になる傾向にあるが、半導体産業への資金支援のあり方について、銀行界としての見解を伺いたい。
(答)
 個別企業に関する事項についてはコメントを差し支えるが、一般論として申しあげる。
 おっしゃるように、半導体産業はデジタル化が一層進展していくなかで、わが国の経済成長や経済安全保障上、重要な分野であると認識している。政府の「半導体・デジタル産業戦略」によると、国内で半導体を生産する企業の合計売上額を、2020年の約5兆円に対して、2030年に15兆円まで拡大することを目指すとされている。
 こうした大規模な事業拡大に伴い、多額の資金需要が発生することが見込まれる。事業のリスクや財務体力等は事業者ごとに異なるため、一概には申しあげられないが、大規模な先行投資が実を結ぶまでには一定の時間を要する。その過程には相応のリスクを伴うことから、官民の適切な連携による資金支援が大変重要となる。
 政府はすでに半導体産業向けに大規模な補助金を付けていることに加え、今年の6月に公表された骨太の方針には、「必要な出資・融資の活用拡大など、支援手法の多様化の検討を進める」との記載がある。こうした政府支援が民間による資金供給拡大の一助となることが期待される。民間金融機関としては、政府支援のほか、エクイティの供給状況も見ながら投資計画の妥当性やお客さまの信用力などを踏まえ、適切な資金支援を行っていく。


(問)
 1点目、金融犯罪の対応について伺いたい。昨今、詐欺の急増や大規模なマネロン事案を受け、8月下旬に金融庁と警察庁が連名で要請文を出されていると思われる。この要請文に対する受止めと、今後の対応について伺いたい。
(答)
 昨今、特殊詐欺やSNS型投資詐欺の被害が深刻化している。また、今年の5月には、詐欺によって得られた資金が犯罪グループの多数の口座でマネー・ローンダリングされた事案も判明した。
 デジタル技術の発展などにより、金融犯罪やマネロンの手口はますます巧妙化していくことが予想される。これまでよりも一歩踏み込んだ対策を講じていかなければ、金融犯罪やマネロンの脅威は加速度的に増大し、銀行取引の信頼性が大きく損なわれる事態に陥りかねない。
 こうした危機認識の下で、銀行界ではかねてより当局と連携のうえ、口座の不正利用対策の強化に取り組んできた。要請文では、改めて我々金融機関に対し、犯罪に利用される口座をつくらせないための顧客の実態把握、口座開設後に疑わしい取引を検知するためのモニタリング、そして検知した不審な口座に対する迅速な入出金の停止などの対応強化が求められている。
 各会員行は、口座開設時における公的個人認証サービスの導入や、疑わしい取引の検知能力の向上に向けたAIの活用、不審な口座を見抜くための調査手続の整備といった各種施策に取り組んでいく必要がある。
 全銀協としては、会員行のベストプラクティスの展開や研修の実施を通じて、金融庁や警察庁とも連携しつつ、業界全体の底上げに努めていく。
 最後になるが、皆さまの大切なご資産を守るため、お取引の内容等をこれまで以上に入念にお聞きする場合が出てくると思われる。ご不便をお掛けするが、ご理解いただければ幸いである。


(問)
 もう1点、国内経済について伺う。先日、第1四半期の銀行決算が出て、総じて好調だったと思っている。これは企業活動が好調に推移していることが背景にあると考えている。日本経済が再成長の兆しを見せているかと思うが、国内経済について、足元の状況の受止めと今後の見通しについて伺いたい。
(答)
 足元の国内経済は、好調が続く企業活動に加え、これまで弱含んでいた個人消費もようやく持ち直しの動きが見られるなど、一部に足踏みは残っているが、緩やかに回復していると考えている。先週、2次速報が公表された4-6月の実質GDPを見ると、前期比0.7%の増加、年率では2.9%の増加と、マイナス成長となった1-3月期からは大きく持ち直している。この背景には、認証不正問題の影響で一時的に大きく落ち込んでいた自動車生産が回復したこと、それに高水準の企業業績が続くなかで、設備投資が好調に推移していることなどがある。また、個人消費についても、賃上げの反映や賞与の増加を受けた所得環境の改善に伴い、5四半期ぶりにプラスに転じている。先行きについても、内需主導型の緩やかな回復が続くと見ている。
 企業に関しては、製造業を中心に、機械受注のパイプラインが積み上がっていることや、個人消費の持ち直しの恩恵もあり、引き続き底堅く推移していくと考えている。
 また、個人については、実質賃金が増加基調を維持する下で、緩やかな消費の回復が続くと見ている。
 以上のように、足元、先行きとも、全体としてポジティブな見方をしているが、海外経済を中心に下振れリスクもあると認識している。例えば、ここ数年、世界経済をけん引してきた米国経済にクールダウンの兆しが見えてきたこと、あるいは中国経済の不調が続くなか、各国で、いわゆる「デフレの輸出」への懸念が高まっていることは皆さまもご承知のとおりだと思う。
 また、国内でも、例えば地震や大雨などの自然災害が頻発しており、生産や消費の一時的な下振れリスクも懸念される。銀行界としては、被災した方々への迅速かつきめ細かな支援を通じて、経済へのネガティブな影響の軽減に努めていく。


(問)
 会見の冒頭で資産運用立国についての話があった。会長の期待が強い政策だと改めて感じたが、その資産運用立国との関係で、銀行の政策保有株はどう関係するのか。もちろん銀行は縮減の取組みを進めてきているが、とはいえ、それでもまだたくさんの取引先企業の株を持っているなかで、資産運用立国という観点からみたときに、この政策保有株の縮減あるいは持っていること自体がどういった意味を持っているのかについて考えを聞きたい。
(答)
 まずは、銀行においては当然のことながら、政策保有株式を削減することによりバランスシート上の株価変動リスクが減少するので、我々自身の財務の健全性が高まる。
 また、リスクアセットが減少するので、従来リスクテイクできなかった領域も含め、より収益性の高い投資先に経営資源を配分できるようになる。資本効率の改善が企業価値の向上につながると思う。
 一方で、発行企業であるお客さまにおいては、持ち合い株式の解消により、経営の透明性が高まる。多様な属性を持つ株主との建設的な対話を通じて、コーポレートガバナンスの改善が図られ、企業価値向上に向けた取組みが進むことが期待される。
 こうして、我々銀行サイド・発行体の企業、両方のパスから、金融・資本市場の信頼性が高まっていけば、内外の投資家による日本株市場への投資は今後ますます活性化し、資産運用立国の目指す、資産価値のさらなる向上といった好循環につながっていくものと期待している。