2009年4月16日

杉山会長記者会見(みずほ銀行会長)

斉藤専務理事報告

(なし)

会長記者会見の模様

(問)
 最初に、景気認識であるが、非常に厳しい環境にあると言われるなか、株価が底堅く推移しているが、景気の見通しを含めて会長の認識をうかがいたい。
(答)
 2008年度を振り返ると、国際金融市場や世界経済情勢の激変に翻弄された1年だったと感じている。年度前半は、原油をはじめとするエネルギー・食料価格の高騰が大きな懸念材料であった。素原材料の輸入価格が大きく高まり、これが交易条件の悪化、企業収益の圧迫を通じて日本経済に与える悪影響が懸念されていた。
 ところが、年度後半には、9月のリーマンブラザーズ破綻を契機に、大恐慌以来ともいわれる世界的な金融危機が生じ、これが世界経済の同時不況につながるとともに、輸出の激減を通じて日本の景気も急激に悪化することとなった。
 日本経済は現在、きわめて厳しい状況にある。昨年10~12月期の実質GDP成長率は前期比年率マイナス12.1%の落ち込みを記録したが、今年1~3月期も年率2ケタのマイナス成長となる可能性が高い。先日発表された日銀短観3月調査でも、輸出の激変に見舞われている製造業を中心に景況感が過去最悪水準まで悪化した。設備や雇用の過剰感も相当に高まっており、今後、設備投資や個人消費に対する下押し圧力が強まってくることになるだろう。
 一方で、およそ半年にわたる大幅な減産によって在庫調整には進展が見られ、足元で減産を緩和する動きも一部に出始めているようだ。中国では景気対策に伴うインフラ関連の投資が着実に実行に移されているようであるし、米国でもオバマ政権による経済対策の効果がこれから顕在化してくるであろう。4~6月期以降の日本経済は下げ止まりから徐々に回復に向かい、年内には景気後退期を脱することができるのではないかと期待している。
 ただし、欧米主要国が金融システムに問題を抱え、住宅・不動産バブルの後遺症が残るなかでは、世界経済が急回復し、それによって輸出も急速に回復するという展開はなかなか想定しにくいところである。したがって、日本経済が年内に景気後退期を脱することができたとしても、その回復ペースは遅々としたものになるだろう。欧米で金融不安が再燃し、金融市場が再び混乱する可能性も消えたわけではなく、実体経済が下振れするリスクは依然として大きいと考えている。
 現在、日本経済の需給ギャップは約20兆円といわれているが、大幅なマイナス成長が確実な1~3月期には30~40兆円に拡大するとみられる。巨額の需給ギャップを放置すれば、デフレのリスクが高まることになる。
 こうした状況のなかで、大規模な追加経済対策が迅速に取りまとめられたことは評価できる。予算措置を急ぎ、速やかに実行に移されることを期待したい。


(問)
 本日の記者会見が会長としての最後の会見となるが、この1年を振り返っていただきたい。
(答)
 非常に多くの出来事があり、銀行界を取り巻く状況が大きく変化した1年であった。サブプライム問題に端を発した欧米金融市場の「動揺」は「混乱」へと拡大し、昨年9月中旬の、いわゆるリーマン・ショックを境に、百年に一度の「危機」と言われるほど厳しい状況となった。実体経済の弱体化も進み、年央以降は、先進国の景気が悪化の一途をたどるとともに、新興国経済の勢いも急速に失われた。全銀協会長に就任する際、経済環境が厳しさを増しているとの認識を示してはいたが、現実はそれを遥かに凌ぐものであった。
 そうしたなか、私どもは、本年を自らの「真価が問われる1年」と位置づけ、厳しい環境下、市場・規制環境の整備や金融機能の円滑化に確りとかかわり、自主的・自律的に行動することで、銀行界の役割を全うするという強い決意で様々な課題に取り組んできた。退任にあたり、まず、年度初めに掲げた3つのテーマについて振り返ってみたい。
 第一のテーマ、利用者からみた「金融サービスの利便性・多様性の向上」であるが、永年の課題であった銀証ファイアー・ウォール規制緩和の具体的ルール作りが完了した。いよいよ本年6月から、銀行業務と証券業務の隔壁が取り払われ、私どもがお客さまに対してより総合的かつ高度な金融サービスを提供することが可能になる。昨年12月には銀行グループの業務範囲拡大も実施されているが、これらは、あくまで利用者のための規制緩和であり、お客さまに利便性向上を実感していただけるよう、私どもとしても全力を尽くしたいと考えている。他にも、今年1月にはゆうちょ銀行との全銀システム接続が実現し、また、電子記録債権への対応でも、全銀行参加型の記録機関設立に向けた準備を順調に進めることができた。
 第二のテーマは、「金融市場に対する信頼感・安心感の追求」である。ここでは、振り込め詐欺被害の撲滅に向けて銀行界を挙げて取り組んだ結果、大きな成果があげられた。足許(2009年3月)の被害金額は、ピーク時(2008年4月)に比べて7割減少し、ATMを利用した還付金等詐欺も、昨年4月の651件から、この2月には39件と、10分の1以下にまで大幅に減少した。また、昨年6月に施行された「振り込め詐欺救済法」に基づき、会員各行が体制を整備し、被害金の速やかな支払に努めている。その他、金融ADR制度への取組みとして、昨年10月に全銀協に紛争解決支援機関として「あっせん委員会」を設置し、金商法に基づく「認定投資者保護団体」の認定を取得した。会員銀行の意識も高まり、紛争解決支援に向けて実効性のある枠組みとなっている。
 第三のテーマは、「銀行の公共性を踏まえた社会貢献活動」である。昨年は、7月に開催された洞爺湖サミットをはじめ環境問題に対する社会全体の関心が大きな高まりをみせた年であったが、私どもとしても、小学生向けの壁新聞コンクールなど独自の「全銀協エコプロジェクト」を展開して様々な活動を行った。他にも、高齢社会の進展を踏まえたバリアフリー化の一段の推進や、金融経済教育への取組みも引き続き強化してきた。
 これら、いずれの課題についても、「地道に、着実に」そして何より、私自身、「利用者の視点」に強いこだわりを持って取り組んできた。
 ところで、この一年を振り返ると、やはり銀行界にとって最大の出来事は、何と言っても欧米発のグローバルな金融危機と実体経済の落ち込みであろう。この一年を通じて感じたこと、考えさせられたことを3点ほど申しあげたい。
 まずは、直接金融と間接金融のバランスの重要性についてである。
 「百年に一度」とも「未曾有の」とも言われる今回の危機であるが、振り返ると、一部の欧米金融機関において自己勘定での投資や、過度に複雑な金融商品の組成など、利用者のニーズから遊離したビジネスへの傾斜が見られ、それが混乱の一因となったという指摘ができるのではないか。加えて、直接金融市場を中心とする金融仲介メカニズムの弱点とでも言えようか、金融・資本市場が急激に収縮し投資家が一斉に引いてしまった際に、その代替を果たす金融仲介の仕組みが確立していないことの脆弱さということも明らかになったのではないか。
 翻って、わが国においては、伝統的に間接金融、すなわち、利用者と直接向き合う形での金融仲介の役割が大きく、また、銀行が自己勘定で複雑な金融商品へ投資することも相対的に少なかった。その結果、欧米の場合とは危機の発生源、その伝播するメカニズム、そしてその影響度が異なっていたように思う。昨年のリーマン・ショックを契機に世界の金融・資本市場が混迷を強めるなかにあって、わが国の銀行貸出はここ数年にないペースで増加を続けている。様々な政策サポートがあったうえでのことであるが、わが国においては、直接金融市場の収縮を間接金融が何とか支えることができている、そうした構造になっていることが欧米との違いと言えるのではないか。
 90年代以降、邦銀がバブルの処理に追われるなかで、ともすれば、欧米における金融技術の高度化・複雑化や、間接金融から直接金融へのシフトを先進的なものと捉え、それへの追随がいたずらに是とされる風潮があったと言えるのかもしれない。今回の危機は、金融技術が利用者のニーズから遊離することの問題や、そうしたときに直接金融が持つある種の脆弱性というものを振り返る機会を与えてくれたのではないかと感じている。むろん、直接金融には間接金融にない長所があり、つまるところ、どちらがより優れているとかではなく、両者のバランスが重要ということであろう。
 2点目は、実体経済と金融システムの関係である。
 申しあげるまでもなく、わが国における今回の危機の影響もまた甚大であった。欧米との比較において、相対的に安定していると言われてきた金融システムを有する日本が、結局のところ、先進国で最も厳しい実体経済の落ち込みを経験しているこの現状から、私は、日本経済が抱える構造的問題、すなわち外需・内需のアンバランスとその解決の糸口を見たように思う。
 やはり、金融は「実体経済の鏡」である。過去の日本でも、今回の欧米を見ても、金融セクターの問題を解決しただけでは必要条件を備えたにすぎず、実体経済の回復という十分条件を満たさなければ、危機の根本的な解決は難しいということを改めて認識させられたと思う。そうした観点から、先般の首相官邸での有識者会合の場でも、内需拡大を念頭に置いた短期集中的な需要創出策が最優先であるとの意見を申しあげている。
 3点目は、国際的なルール作りへの意見発信の重要性である。
 現在、金融危機への対応策が、金融安定化フォーラムやバーゼル委員会等の国際的な場で議論されている。そこでは、金融関連規制を様々な角度から大幅に強化しようという方向の議論ばかりが目立つ。欧米の当局を中心に、ある種の熱気のなかで、一気に規制強化への流れを作ろうとする動きがあるように感じている。
 しかし、本当にそれが今回の危機の処方箋として正しいのか、あるいは世界経済回復にとって望ましいものなのか、ここは熱気に流されることなく、立ち止まって冷静に問い直す場面ではないかと考える。そして、そうした問題提起ができるのは、わが国しかない。先ほど申しあげた、「間接金融の意義」や「実体経済への対策の重要性」、さらには、「真に必要な規制・監督のあり方」については、バブル崩壊とその処理を欧米より一足早く経験したわが国だからこそ、実感を持って主張できることである。
 この点、日本当局は、国際交渉の場で確りとした主張を展開されており、大変心強く感じている。私ども銀行界としても、この一年、欧米金融機関に伍してわが国の立場を主張し、国際的なプレゼンスを高めることに注力してきた。今後も、国際的なコンセンサス形成の過程において、邦銀がリーダーシップを発揮できるよう全力を尽くしていきたいと考えている。
 後年振り返れば、この一年は、グローバル金融システムが大きな転換点を迎えた年であったと総括されることになるかもしれない。この危機を経て、世界の金融機関は新たなビジネス・モデルを模索し、構築していくことになろう。また、金融関連規制も大きく見直される方向にある。そうしたなかにあって、金融機関の存在意義を突き詰めてみれば、利用者に対してどれだけの付加価値を提供できているか、という点に帰着するのではないかと考える。
 銀行法では、その第1条に「銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする」と法の目的が謳われている。日本経済が極めて困難な状況にあるなか、改めてこの条文を見つめ直すと、国民経済の健全な発展に向け、その血脈としての機能を期待される銀行界の大きな役割を今一度強く感じているところである。


(問)
 5月危機がマーケットで囁かれているが、各行とも与信コストがどこまで膨らむかということを、はかりかねていると思うがどう考えるか。また先週、三井住友FGは、資本調達を発表したが、このように資本余力を確保するために、銀行は同様の動きを見せるのかどうか、見解と今後の見通しを聞かせていただきたい。
(答)
 まず、事業会社の状況についてであるが、昨年秋から実体経済が急減速したことで、お客さまの商売の基本となる受注や売上が想像を上回るスピードで悪化している。今後、多くの企業の決算が明らかになってくると思うが、企業業績は大変厳しい状況にあると認識している。
 このように「企業業績が厳しさを増すなど、銀行を取り巻く環境は引き続き深刻なものとなる」ことや、「大手各行の見通しがより保守的になり、与信関係費用や収益などについて修正が相次いでいる」ことを2月にこの場で申しあげたが、現実は、まさに厳しい方向に向かったと言えるのではないか。
 既に業績修正を発表した銀行があることや、一部報道があることは承知しているが、銀行決算についてのこの場でのコメントは差し控えたい。
 こうした厳しい状況は、今年度も続くと考えられる。金融は実体経済の鏡であり、少なくとも前半はかなり苦しいのではないか。政府によって打ち出された施策が着実に実施され、効果があらわれることを期待したい。
 私どもとしても、厳しい環境下にあっても銀行としての役割を果たせるよう、引き続き努力を続けてまいりたい。
 次に、資本の件についてであるが、コア資本をどこまで重視するかを含め、個別行の資本政策は、まさに経営戦略そのものである。その一般的な傾向についてコメントすることは難しい。
 一方で、本件に関連して、4月2日のロンドンG20において、景気循環増幅効果(いわゆる、プロシクリカリティー)の抑制策として、金融機関の「資本バッファー」や「資本の質」を強化する方向性が示されている。
 プロシクリカリティーは重要な問題であり、その抑制策については、金融安定化フォーラム等の場で検討されてきた。
 たとえば、引当や時価会計の運用といった会計面からのアプローチ、また、自己資本比率規制面からも、リスク・アセットの計算方法の見直しや、最低自己資本比率の水準を好況期と不況期で変動させるなど、「資本の質」の向上以外にも様々な手法が議論されているようである。
 どの手法にも、それぞれメリット・デメリットがあり、今後、バーゼル委員会等で新たなルールの検討がなされることになる。
 私ども銀行界としては、国際的なルール作りの場において積極的に意見表明をしていく所存である。その際、最も重要なことは、危機が終わるまでは自己資本比率規制を強化しないことだと考えている。欧米の実体経済は依然脆弱な状況にあり、安易な規制強化は、再びスパイラル的な景気悪化を招く懸念がある。


(問)
 政府の追加の経済対策のなかでは、緊急保証制度の一段の拡充とか、政府系金融機関の融資枠の拡大とか、産業金融において一段と政府系金融機関のプレゼンスが増しているが、民間銀行業界としては、こうしたなかでどういった役割をアピールしていくべきだとお考えか。
 また、日本政策投資銀行について、民営化の先送りが与党側から出されているが、これについての見解をお願いしたい。
(答)
 政府・日銀を中心に講じていただいた様々な企業金融支援策等については大変感謝している。これらの対策も活用しながら、私どもとしては、引き続き円滑な資金供給に取り組んでまいりたいと考えている。
 そうした役割を果たしていくうえで、これから先どこかの時点で、円滑な資金供給を維持するために更なる自己資本の強化をはかる場面が来る可能性もあるかもしれない。その際には、まずは自力調達からということになるのだろうが、金融機能強化法や日本銀行による劣後ローンの供与も選択肢としてあるということが、日本の金融システム全体に安心感を与えているのではないかと思う。
 日本政策投資銀行については、昨今の情勢を踏まえ、完全民営化の時期について、延期も含め検討されているものと理解している。内外の経済環境が厳しさを増す中、わが国金融市場が利用者のニーズに応えていくためには、民間金融機関と政策金融機関の双方がそれぞれの役割を適切に果たしていく必要がある。そうした観点から、完全民営化の時期について検討がなされることもあり得るのではないか。なお、延期の是非、延期する場合の期間については、政策金融改革の趣旨やこれまでの経緯、現下の経済環境等を踏まえて、慎重に検討する必要があると考えている。


(問)
 今の日本政策投資銀行の関係だが、2月に全銀協の研究会から公的金融のあり方のレポートが出されているが、そのなかで、こういう経済危機のなかにあっても政策金融機関・公的金融の対応はある程度限定的であるべきという内容であった。これについて会長の考えを聞かせていただきたい。
(答)
 私どもはこれまで、政策金融改革にあたって、今日的な目で政策金融の機能を見直すとともに、民間にできることは民間に委ね、政策金融としての役割は必要最小限の規模と手法に限定することが重要であると主張してきた。政策金融としての役割は、経済環境で決まる面もあるが、その場合でも必要最小限であるべきという私どもの主張は変わらない。内外の経済環境が厳しさを増すなか、わが国金融市場が利用者のニーズに応えていくためには、民間金融機関と政策金融機関の双方がそれぞれの役割を適切に果たしていく必要があると考えている。足許の緊急時から平時の状態に戻り、経済環境が好転した際には、「民業補完の徹底」の観点から政策目的との整合性や民間が対応可能な領域の拡大等を踏まえて、政策金融の業務内容の見直しが実施されるのだろう。


(問)
 危機対応業務のスキームでは、民間金融機関の申請による指定金融機関が実際の融資をやるという仕組みになっているが、この仕組み自体に見直すべき論点はあるとお考えか。こういう金融危機のなかで、民間が手を挙げるというのはなかなか難しい、現実的ではないスキームかと思う。今は日本政策投資銀行や商工中金があるからやれるが、完全民営化した後はみな民間銀行になるので、その場合にもう1回、万一金融危機があった場合に、手を挙げる金融機関があるのかどうか考えたときに難しいかなと感じている。
(答)
 危機対応業務については、内外の金融秩序の混乱や大規模災害等の発生に際し、主務大臣から指定を受けた指定金融機関が、日本政策金融公庫からの貸付やリスク補完を受け、事業者に必要な資金を貸し付ける制度と理解しているが、指定金融機関としての申請を行うかどうかは、各銀行において個別に判断するものと考えている。
 完全民営化後に民間金融機関がどこも手を挙げないということになるのかは何とも言えないが、この点については、今後の完全民営化に向けた動きのなかで、適切に議論されるのではないかと思っている。
 民間金融機関が指定金融機関の申請をしないことに対する批判的な意見もなかにはあろうかと思うが、危機対応業務が想定している事態におけるお客さまへの資金供給については、例えば緊急保証制度等を活用して対応することなども考えられ、各銀行がまさにこうした取組みを積極的に進めているところである。


(問)
 国際的ルール作りの話のなかで指摘されていた自己資本の質の話であるが、日本の銀行は、例えばコアTier1の比率が低いとか、あるいは最近だと、TCE(タンジブル・コモン・エクイティ)の比率が低いなどの議論が出ていて、ハイブリッドの比率が大きすぎるのではないのかという懸念が出ているのだと思う。この質の議論というのは、ここから先、もし進んでいくと邦銀にどういう影響が与えられるのかということについてが、1点。また、そもそもどうしてコアTier1というものの議論が出てきたというように考えているか、つまり邦銀封じ込めの議論なのかなと思ったりもするが、どのようにご覧になっているか。
(答)
 資本の質については、従前より継続的に議論がなされてきたが、今回の金融危機をうけて、一段と注目されているものと認識している。私どもとしては、こうした議論を継続することに異論はないが、直ちに規制強化を行うべき状況にはないと考えている。
 そもそも、規制強化の議論は、二度と今回のような危機を起こしてはならないという大きな問題意識が出発点であるべきであり、資本の質の問題もその一環として議論されるべきものである。危機の再発防止が狙いなのであるから、規制強化のタイミングについては、世界経済が平時の状態に回復するまで待つことが妥当である。そして、今回の危機の発生源であった欧米の投資銀行やファンド等を対象として、これまで緩かった規制を強化するということが議論の主要論点であるべきと考える。実体経済はいまだ脆弱であり、こうした状況下、商業銀行まで含めて世界中の銀行に対して安易に規制を強化し、実体経済に悪影響を与えるようなこととなれば、スパイラル的な景気悪化をもたらす懸念がある。現時点では、欧米の多くの銀行に公的資金が入っているが、自己資本に関する規制の強化については、これらの返済が完了してからはじめて議論できる話なのではないか。


(問)
 先ほど現時点でいきなり規制強化という流れになった場合、負のスパイラルにまた再び陥るのではないかというお話だったが、そこの部分をもう少し噛み砕いて、どういった悪影響が出るのかという点について教えていただきたい。
(答)
 仮に、現時点で直ちに自己資本比率規制が強化され、各金融機関が一斉に資本増強に動いた場合、果たして足許の市場環境ですべて調達できるのか、といった問題が考えられよう。その場合は公的資金を活用すればよいとの意見もあろうが、どの国においても公的資金は国民の大事な税金であり、その活用を簡単に考えるべきではないと思う。
 現在、わが国のみならず世界中で様々な経済対策、金融市場対策が発動されている、いわば緊急事態が続いており、未だ実体経済も極めて脆弱な状況である。そうした状況下で自己資本比率規制を強化することは、実体経済に対して悪影響を与える懸念がある。
 金融セクターを回復させるだけでは実体経済は良くならない。危機からの脱却には、やはり、実体経済と金融セクターの双方を同時に改善させることが問題解決への道筋である。


(問)
 今の質問に関連するが、解釈を変えれば、例えば日銀がこれからやろうとしている劣後ローンによる資本の増強、あるいは改正金融機能強化法による公的資金の注入、こういったものを入れなければならない、つまりタンジブル・コモン・エクイティとかコアTier1を強化するような規制がはめられた場合に、日本の金融機関というのは、こういった公的なサポートを利用せざるを得ないくらい市場での資本の調達が難しいという認識か。
(答)
 足許、市場で調達できないという状態にはない。しかし、今後、仮に実体経済が著しく悪化したような場合には、市場での調達が難しくなってくる可能性もあるかもしれない。


(問)
 先程のお答えのなかで、今後、経済環境がしばらく悪い状況は続くであろうと、そうしたなかで銀行の役割として円滑な資金供給はやっていかなければならない、といったときに、資本の自力調達であったり、公的資金、劣後ローンといった何らかの形で銀行も対応しなければならないとおっしゃったが、そうするとコアTier1との議論とは別に、市場環境は悪いながらも資本の手当てはやっていかなければいけないということか。
(答)
 そうした場面が実際に来るかどうかは別として、経済環境が今後著しく悪化した場合、円滑な資金供給を続けていくために、資本調達の検討を行うことになる可能性を完全には否定しない。万一そうなった場合でも、まずは自力調達が基本と考えているが、その他にも、金融機能強化法や日銀による劣後ローン供与という手段を整えていただいており、まさにセーフティー・ネット的な枠組みが構築されているということではないか。


(問)
 1年間を振り返って、特にリーマン・ショック以降になると思うが、銀行は金融仲介機能を十分に果たしたというように実感されているか。貸出は伸びているという話もあったが、期待されるものに銀行は十分応えてきたという認識か。
(答)
 昨年秋から実体経済が急速に悪化しているなか、政府・日銀により様々な対策が打たれてきた。銀行界としては、こうした対策の背景や趣旨を踏まえ、お客さまへの円滑な資金供給という重要な役割期待を果たすべく、この1年間全力で取組みを進めてきた。十分応えてきたかとのご質問だが、かなりの程度お応えしてきたのではないかと思っている。


(問)
 杉山会長、最後に一言お願いします。
(答)
 この一年間、皆さまには大変お世話になった。改めて御礼を申しあげたい。
 来週からは、三菱東京UFJ銀行の永易頭取が会長に就任される。ご承知の通り、永易頭取は豊富なご経験と実績をお持ちで、かつ大変卓越したリーダーシップをお持ちの方である。どうか引き続き永易新会長への一層のご支援をお願いして、私の挨拶とさせていただきたいと思う。
 この一年、大変ありがとうございました。