2021年2月18日

三毛会長記者会見(三菱UFJ銀行頭取)

岩本専務理事報告

 事務局から2点ご報告する。
 1点目は、本日の理事会において、資料のとおり、中小企業金融等への取組みについての申し合わせを行った。
 これは、これから年度末に向けて、新型コロナウイルス感染症対策の影響を受ける企業等を中心に資金繰り支援の要請がより一層増えることが想定されることから、年末に向けた対応に引き続き、銀行界として、中小企業等の資金需要に柔軟かつ積極的に対応し、中小企業金融等の取組みに全力をあげることなどを申し合わせたものである。
 2点目は、本日の理事会において、資料のとおり、金融取引の代理等に関する考え方および銀行と地方公共団体・社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方について取りまとめた。
 これは、昨年8月5日に公表された金融審議会「市場ワーキング・グループ」の報告書等を踏まえ、会員行の取組みの参考となるよう、高齢者取引における考え方を取りまとめたものである。
 これらの内容について不明な点等があれば、会見終了後、事務局にご照会いただきたい。

 

会長記者会見の模様


(問)
 先ほど中小企業金融に対する銀行界の見解について発表があったが、新型コロナウイルス感染が高止まりするなかで10都府県に対して緊急事態宣言の延長が行われた。景気への影響、とりわけ年度末が近づくなかで融資先企業を取り巻く経営環境についての見解と、コロナ流行が1年を超えて影響が長期化するなかでの今後の資金需要への対応についての考えを聞かせてほしい。
(答)
 まず、マクロ環境について申しあげると、わが国経済は昨年の秋以降、感染第三波の影響で再び厳しい局面を迎えている。今週発表された昨年10-12月期の実質GDP成長率は、前期比年率プラス12.7%と、事前の市場予想を上回ったものの、前期の同22.7%からみると鈍化しており、実質GDPの水準自体も、コロナ禍前のピークである2019年7-9月期を依然として下回っている状況である。
 また、今年に入り緊急事態宣言が再発出され、更に栃木県を除く10都府県で3月7日まで延長されている。昨年の緊急事態宣言発出時に比べると、地域や制限の内容が限定的であるとは言え、約2ヶ月にわたる各種の制限措置が実体経済に与える影響は無視できず、今年1-3月期の実質GDPは一時的にマイナス成長に陥る可能性もある。
 こうしたなか、時短営業の要請を受け入れた飲食店や外出・移動自粛の影響を受ける旅行・レジャー等の業種を中心に、厳しい状況に直面する事業者が増えつつあると思う。影響は地域によってまちまちであり一概には申しあげられないが、例えば人出や鉄道利用状況は、昨年の緊急事態宣言発出時ほどではないものの落ち込んでおり、対面型サービスを中心に需要が再び減少していることは間違いない。消費者マインドが腰折れし、回復に相応の時間がかかると見られることも消費関連企業の業績回復への重石となろう。
 こうした状況の下で、銀行界では、コロナ禍による売上急減、業績悪化に直面しさまざまな業種のお客さまへの資金支援を感染拡大初期より一貫して最優先の課題として取り組んできた。足元の計数を申しあげると、1月末の全国銀行の貸出残高は534兆円、前年同月比ではプラス5.4%であった一方、足元の緊急事態宣言下においても前月比ではマイナス0.2兆円とほぼ横ばいとなっている。
 実質無利子・無担保融資に関しては、1月末までの申込み受付件数は約53万件、融資決定件数が約50万件、融資決定金額が約9.3兆円となっている。1月単月の融資決定件数は約1万7,000件、融資決定金額が約2,500億円と、単月の融資決定金額が2兆円前後となっていた昨年6~7月のピーク時からは落ち着いているとは言えるものの、今後の影響については、引き続き注視していかなければならないと考えている。
 このような環境下、コロナ禍の厳しい影響を受ける企業に対し、政府資金繰り支援策として民間の実質無利子・無担保融資の上限額の4,000万円から6,000万円への拡大が措置され、また、同一金融機関に限り借換制限も緩和された。
 先ほども申しあげたとおり、昨春のコロナ禍の本格化から間もなく1年が経過し、これまでに調達した借入れの期限が到来する企業、およびコロナ関連の融資の据置き期間が終了していよいよ返済が始まる企業において再び資金繰りがタイトになることも想定されるなか、こうした政府の支援策は時宜を得た対応であり、大変心強く感じている。
 他方で、コロナの影響が長期化するなか、資本性資金の支援要請も増えてくると予想している。銀行界では、コロナ禍での影響を受けたさまざまな業種のお客さまの資本性資金調達を支援すべく、各行が独自の工夫により取組みを行っていると認識しているが、民間だけでは対応できない領域であり、政府系金融機関と協働して、ニーズにお応えしていくことが肝要である。
 この点に関して、昨年8月より開始された日本政策金融公庫の「新型コロナ対策資本性劣後ローン」は民間金融機関との協調資金支援のかたちで、会員行の取組みは着実に積み上がっている。また、地域経済活性化支援機構(REVIC)等のファンドによる政策的枠組みが整えられていることも、心強いものと捉えている。
 いずれにしても、銀行界としては、資金ニーズが高まる年度末を控え、緊張感を持って注視のうえ、事業者の資金繰りに関し、既存借入れのリスケ等の要請や追加支援要請などに柔軟かつ迅速に対応していく所存である。
(問)
 残り2問は続けて質問する。一つ目が、2020年4-12月の銀行決算が出揃ったが、これに対する評価・分析について聞かせてほしい。
 1問目で伺ったように、年明け以降、緊急事態宣言の再発令、延長などで、経営環境が厳しさを増しているが、通期決算に向けた見通しについても併せて聞きたい。
 もう1点は、先般の労働政策審議会で資金移動業者の口座への賃金支払いについて議論された。政府は「成長戦略フォローアップ」において、2020年度のできる限り早期に制度化を図る方針を打ち出しているが、改めて銀行界としての現時点での見解を伺いたい。
(答)
 まず、銀行決算であるが、2020年度第3四半期についての全体感を申しあげると、業態を問わず総じてコロナ禍を受けた厳しい環境のなかで、多額の与信費用を計上したものの、当初懸念されていたほどの水準には至らず、当期純利益の大幅な落込みは回避されたと見ている。需要の急減に直面した企業への資金繰り支援に官民が一体となって取り組んだ結果として、マクロ的には企業の信用状況の大幅な悪化が回避され、懸念されたほどの多額の与信費用を計上するには至らなかったと考えている。実際、日本全体の企業倒産件数も2020年通年では7,773件と、コロナ禍の下でも30年ぶりの低い水準となっている。
 通期決算に関する見通しについてだが、前年度からは減益ではありながらも、今申しあげたように与信費用が想定よりも低く推移したことで、第3四半期の時点で、すでに期初の2020年度通期の業績見通しを超える、ないしは業績見通しの達成が十分展望できる銀行も多く、緊急事態宣言のなかでも多くの銀行が通期の業績見通しを下方修正せず、据え置いたものと認識している。
 もっとも、緊急事態宣言が延長されるなかで、冒頭の質問のなかでも回答したように、飲食や宿泊サービスといった影響を強く受ける業種では、足元で一層厳しい状況に直面している可能性があるほか、昨春のコロナ禍の本格化から間もなく1年が経過するタイミングで、これまでに調達した借入の期限が到来する企業やコロナ関連融資の据置期間が終了していよいよ返済が始まる企業において、再び資金繰りがタイトになることが想定される。また、短期の資金繰りのみならず、ソルベンシー、財務健全性強化のために資本性資金の支援要請も増えてくるのではないかと考えている。銀行界としては、先般措置いただいた実質無利子・無担保融資の借換制限の緩和等の施策とも連携・活用しながら、これまで同様、事業者の皆さまに寄り添いながら資金面でのご相談に対し柔軟に対応して参るとともに、業績への影響も含めて状況を注視していきたいと考えている。
 次に、デジタルマネーによる賃金支払いに関してお答えする。今年に入ってから、労働政策審議会の労働条件分科会では、デジタルマネーによる賃金支払いをテーマに取りあげているが、労使双方からさまざまな課題が示されており、本制度のそもそもの必要性を含め、制度化に向けて必要な関係者の合意に至る状況にはまだないというのが率直な受止めである。
 これまでの動きを少し振り返ると、昨年7月に閣議決定された成長戦略フォローアップで、「賃金の確実な支払い等の労働者保護が図られるよう、資金移動業者が破綻した場合に、十分な額が早期に労働者に支払われる保証制度等のスキームを構築しつつ、労使団体等と協議のうえ、2020年度できるだけ早期の制度化を図る」と明記され、昨年8月の労働政策審議会でも、その内容に沿って報告が行われたところである。
 年明け以降開催された直近2回の労働政策審議会では、労働者側から「労働基準法で定められた通貨払いの原則の例外として認められている銀行預金への振込と同等の安全性が確保されていることが前提である」として、安全性に対する不安感が示されたものと理解している。
 加えて、企業側、すなわち使用者側からは、現在の給与振込において銀行が提供している振込先の口座確認やエラー発生時の迅速な対応が可能であるのかといった安心・安全な振込に関わる論点や、企業内で構築されているシステムの再構築コスト、あるいはデジタルマネーで給与を受け取ることに関する企業から労働者への説明責任や労働者本人からの同意といった、セキュリティも含めた企業実務上の観点から見た新たな論点も多数示されている。
 厚生労働省からも、労働政策審議会の場で、制度化やスケジュールありきではなく、丁寧に議論していくという説明がなされたと認識している。今後、労使双方から指摘されたさまざまな事項について厚生労働省から説明が行われると見られるが、例えば資金移動業者における銀行同等の利用者保護の確保や十分なセキュリティ対策、あるいはマネー・ローンダリングへの対応のほか、給与支払い側の実務面の詰め、さらには、現在、資金移動業者のアカウントには必ずしも為替取引と直結しない資金が滞留することは認められていないわけであるが、こうした点についての法制上の整理といった重要な論点や懸念点について一つひとつ深度ある議論を行い、関係者の十分な理解を得たうえで進められることが必要だと思う。
 銀行界としては、かねてより、決済サービスには利用者利便と安心・安全の両立が必要であると主張してきた。利便性の面では、現在、賃金受取りの大半を担っている銀行の預金口座は、日々の消費におけるさまざまなキャッシュレス決済手段の利用や公共料金の支払いに対し、口座振替というサービスを提供しているが、今回の議論は、ダイレクトに決済に利用し得る資金移動業者のアカウントの利便性の高さにも着目されたものと理解している。銀行界としても、各行が銀行口座直結のQR決済サービスを展開しつつあるところだが、資金移動業者等が提供しているUI、UXの高い決済サービスについても勉強させていただきながら、銀行界も切磋琢磨し、預金口座を通じて提供する決済サービスの利便性向上のための不断の努力を続けていきたいと考えている。
 一方で、銀行口座は全銀システムを通じて、1,200を超える金融機関をまたいだ送金が既に可能であり、こうしたインターオペラビリティも利便性の面では大変重要な要素の一つであると考えている。他方で、安心・安全の面では、かけがえのない生活の糧である賃金の受取りを担うとなると、誰が担い手になっても一段高いレベルの利用者保護を求められると考えている。繰返しになるが、新たな制度の導入に際しては、丁寧かつ慎重な議論が必要と考えている。


(問)
 2点伺う。一つは、最近ミャンマーの国軍が突然クーデターを起こして、いわゆるアジア最後のフロンティアとして注目を集めてきたミャンマーの先行きに国際社会が懸念を強めている状況がある。今後、アメリカ、欧州等の海外からの投資の減少やアメリカによる制裁、政治や軍事面で緊密な関係にある中国の経済依存の高まり等、いろいろなものが警戒されると思う。銀行界ではメガバンクを中心にミャンマーに進出しているが、現地の日系企業のビジネスへの影響を含めて、どのような見解をお持ちか。
 もう一つは、税・公金の収納業務の効率化に関して、銀行界は先ほど会長からお話があったとおり、QRコードの活用等、利便性を高めるサービスを検討されているが、規制改革推進会議で議論されているQRコードの活用に関して、現在の検討状況について教えていただきたい。
(答)
 最初にミャンマーについてのご質問にお答えする。
 ご質問にあったとおり、ミャンマーでは昨年11月に実施された総選挙に不正があったことを理由として、今月1日に国軍がアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相、ウィン・ミン大統領などの身柄を拘束するクーデターが発生し、1年を期限とする非常事態宣言が発出されている。
 ミャンマー国内ではクーデターへの抗議行動等が生じているが、混乱の規模や収束までの期間、再実施される予定の選挙の時期や、それを経て定まる次期政権等、先行きについては大変不透明な状況にある。ご質問にあったように、国際社会からはクーデターに対する強い懸念が示されており、米国では10日にバイデン大統領がミャンマー国軍幹部等を対象に制裁を科す大統領令に署名をしている。中国に関しても、在ミャンマー大使がメディアのインタビューに対し、「現在のミャンマーの政治情勢は中国が望むものではない」とコメントしている。
 2011年の民政移管以降、アジア最後のフロンティアと称される成長性に期待して、ミャンマーには将来の種まきとしてビジネスを始めた日系企業が多く進出している。現地に製造拠点を有する一部の製造業においては、工場の稼働停止や出張など本邦からの渡航休止といった影響が出ているほか、足元では、CDMと呼ばれる「市民的不服従運動」という業務ボイコットの動きが拡大するなど、混乱の収束時期が見通せず、現時点ではまずは情勢を注視している状況ではないかと認識している。
 銀行ビジネスへの影響であるが、三菱UFJ銀行も含めた邦銀は、支店化が認められた2015年以降、現地に進出する日系企業のビジネスを支援するという観点からオペレーションを強化してきたが、足元の状況を受け、日本政府における政府開発援助を含めて、日系企業の事業環境、銀行ビジネスの先行きも不透明感は否めない。このような状況ではあるが、国際社会の動きも含めて、今後の影響を冷静に見極めていきたいと考えている。
 次に、税・公金収納におけるQRコード活用について申しあげる。
 税・公金収納の効率化は、社会のデジタル化に資するものとして、銀行界として積極的に取り組んでおり、なかでも納付書へのQRコードの導入は、納税者の利便性向上に加えて、自治体業務のデジタル化推進、効率化実現にも資するものと考えている。
 すでに、税・公金の納付には、地方税共通納税システム、ペイジーなど非対面での電子納付手段はさまざまあるが、すべての自治体、すべての税目で対応できているわけではない。そのため、現在でも国税で7割、地方税で4割が紙の納付書により銀行窓口を通じて納付されており、人を介しての処理となっている。例えば、昨年4-5月のコロナ禍においては、納税ピーク期と重なり、窓口での密発生の原因の一つともなっていた。
 窓口で紙の納付書を用いて納付する場合のコストは、全銀協推計では、利用者側で年間約2,000億円、金融機関側で年間約600億円と試算をしている。さらに、自治体にもデータ入力、消込作業、紙の保管といった、人手による事務処理に伴うコストが発生しており、QRコード導入による納税者、自治体、金融機関を合わせた国全体のコスト削減余地は極めて大きいものと考えている。
 先般2月16日に開催された規制改革推進会議の第8回「投資等ワーキング・グループ」では、紙の納付書へのQRコード付与について、「より早期に実現すべき」との指摘があった。国のイニシアティブが示されたことで、1,700あまりの自治体がばらばらに検討を進めるのではなく、全国統一仕様のシステム対応を効率的に行うことも可能になる。これにより、全国的なQRコード付与の実現を早めることができ、政府が成長戦略に掲げている自治体のデジタル化の早期実現にも繋げられるものと考える。
 今後はQRコード付与の実現に向けた具体的なスケジュール、進め方等について政府、関係当局や関係団体等と協議を進めるとともに緊密に連携し、店頭に来店せず、簡単・便利に納税することを望まれる納税者のニーズにお応えすることはもとより、各自治体、金融機関にとっても効率化が実現できるよう、金融界としてもしっかりと取り組んでいきたいと考えている。


(問)
 冒頭説明にもあったが、今般、認知判断能力が低下した顧客への対応として、代理取引や福祉機関等との連携についての考え方を取りまとめられた。高齢化社会が急速に進むなか、認知症顧客との取引に当たり、どのようなことを取りまとめたのか、教えていただきたい。
 次に、手形の廃止についてであるが、今後5年間、2026年度中に約束手形の利用を廃止し、産業界と金融界に自主行動計画の策定を求めるとの政府方針が報道されている。金融界の自主行動計画がいつごろ策定されるのか、手形や小切手の利用の廃止がそもそも本当に実現できると思うのか、この辺りの考えをお聞きしたい。
(答)
 まず、最初の質問からお答えする。
 冒頭、専務理事からも発言があったとおり、昨年8月の金融審議会「市場ワーキング・グループ」報告書の超高齢社会における金融業務のあり方の提言を契機として、銀行界における「金融取引の代理等に関する考え方および金融機関と社会福祉関係機関との連携強化に関する考え方」を取りまとめ、今回公表に至った。
 金融取引の代理等に関する考え方に関しては、認知判断能力が低下した顧客本人との取引、保佐人、補助人、任意後見人が指定された後の顧客本人による取引、そして本人の家族や社会福祉協議会等の職員などの者による代理取引といった状況に応じた対応を整理している。
 特に3番目の点については、親族等による無権代理に関して、預金の払出しのみならず、流動性資金が乏しい場合の投資信託の解約も含めて、取引における留意点あるいはリスクについて言及したうえで、真に本人のために必要であることの確認や預金の払出し方法の工夫等について対応例を示している。本件に関しては、日々お客さまと接する会員行からも喫緊の対応が必要であると整理を強く望む意見が多く寄せられていた経緯にある。
 もう一つの金融機関と社会福祉関係機関等との連携強化に関する考え方については、地域社会における生活インフラとして重要な役割を担う銀行は、日常的に地方公共団体や地域の社会福祉関係機関との良好な関係を構築することが重要であるということを指摘したうえで、特に認知判断能力の低下が顕著であるお客さまについて、銀行が看過することによって顧客財産の適切な管理に支障が生じるおそれがある場合には、個人情報保護にも留意しつつも、積極的に情報を連携することによって適切な行政支援につなげることが重要であるといった考え方をお示ししている。
 なお、今般の考え方の整理に際しては、金融庁、厚生労働省、全国社会福祉協議会、全国地域・在宅介護支援センター協議会といった多くの関係省庁、機関との協議を重ねてきた。また、代理取引に関する法律構成や実務対応の考え方等は、会員行が従前より参加している日本金融ジェロントロジー協会作成の報告書にも依拠している。
 全銀協の関係部会を通じ、考え方の取りまとめを行い、人生100年時代における認知症という現在直面している社会課題への対応として、一つのかたちをお示しすることができたのではないかと思っている。今後も銀行界として対応事例を積み重ねていくとともに、関係省庁、関係機関との協議を継続し、高齢化社会での顧客本位の業務運営に関して業界全体の底上げにつながるよう改善に努めて参りたいと考えている。
 次に、手形等の電子化についてお答えする。
 これまで約束手形の利用の廃止や行動計画の策定については、昨年12月の政府の「成長戦略実行計画」や、今年1月26日に行われた政府の「中小企業等の活力向上に関するワーキング・グループ」においてもその考えが示されていたが、ご指摘のように、今般、今後5年間で、すなわち2026年度中に約束手形の利用を廃止し、今夏までに産業界と金融機関に自主行動計画の策定を求めるといった報道がなされていると承知している。
 もともと約束手形の利用の廃止は、紙の約束手形による支払いサイトの長い取引慣行の見直しに主眼を置いてきたものと理解しているが、銀行界としては、足元の大きな環境変化を踏まえたデジタルトランスフォーメーション推進の機運ならびにペーパーレス、印鑑レス、非対面化といった社会的要請の高まりも踏まえ、約束手形に限らず、支払手段全般の電子化を通じて、企業の生産性向上、ひいては社会全体のコスト削減の実現が期待されているものと受け止めている。
 全銀協では、手形・小切手機能の「全面的な電子化を視野に入れつつ、5年間で全国手形交換枚数の約6割を電子的な方法に移行すること」を中間的な目標と設定してきたが、2020年は目標の616万枚削減に対して、実績は672万枚削減と単年度目標を達成した。これはコロナ禍による経済の停滞も要因の一つと考えられるが、2020年のでんさいの発生記録件数は359万件と、昨年対比43万件、1割以上増加していることも踏まえると、これまでの電子化推進の取組みが非対面化という、言わば社会的要請とも合致し、一定の成果につながっていると考えている。
 今後は、全面的な電子化に向けた取組みをさらに強化し、政府が示した「今夏を目途」という期限を目指して、約束手形の利用の廃止等に向けた自主行動計画を策定する予定である。
 全銀協では、毎年3月に公表している「手形・小切手機能の電子化状況に関する調査報告書」を今年も取りまとめる予定である。今年度は手形のみならず、小切手も併せ、紙の手形・小切手をなくして全面的な電子化を進めていくための方針を整理し、お示ししたいと考えている。
 全面的な電子化を進めるうえで大事なポイントは、紙の支払手段よりも電子的な支払手段が安価で使いやすいことである。そのための具体的な取組みとして、でんさいについては中小企業の利用を促進するための新たな施策として、料金体系のあり方や機能・サービスの改善等を進めて参りたいと考えている。また、インターネット・バンキングについても、各行がさらなる利便性向上に取り組んでいく必要があると考えている。
 実現できるかとのご質問があったが、銀行界としては、ポストコロナ、ウィズコロナ時代にふさわしい決済手段として、でんさい、インターネット・バンキングを広くお客さまにご利用いただけるよう不断の努力を重ね、紙を用いた決済の代替手段をしっかりと準備して参る所存である。加えて、中小企業庁をはじめとした政府や利用者である産業界とも緊密に連携し、取組みを加速していくことで、約束手形・小切手の利用廃止を実現できるものと考えている。金融界として、手形・小切手の全面的な電子化によるデジタルトランスフォーメーションの推進および社会コストの削減に貢献して参りたい。


(問)
 先ほどお話のあったデジタル給与払いについて伺いたい。1点目は、先ほども安心・安全が確保されたうえで議論すべきだとお話があったが、もし仮に望ましい条件がそろった場合、現在のさまざまな懸念が解決に結びついた場合に、銀行ビジネスにとってのメリット、デメリットをどう整理されているのか。
 2点目は、銀行は預金を扱うに当たって、銀行法などでかなり厳しい規制を受けているほか、預金保険という仕組みもあり、預金者のお金がしっかり守られるような仕組みができていると思うが、資金移動業者がこの分野に入ってきたときに、規制のイコールフッティングとして何か求めていくのか、どのように求めていくのかについてお考えはあるか。
(答)
 デジタルマネーによる賃金支払いについて二つご質問をいただいた。
 まず、銀行界にとってのメリット、デメリット、言わば銀行界への影響という観点であるが、現時点でデジタルマネーによる賃金支払いが実現するのか、その場合はどのようなかたちとなり、どの程度、どのように普及していくのかが全く不透明であるため、一概に申しあげることはなかなか難しい。
 しかしながら、一般論として申しあげると、ご質問のとおり、労働者の主たる賃金受取手段としての役割を銀行預金への給与振込みが担っているということは、銀行が個人のお客さまと強いお取引関係を築き、ニーズをしっかり把握しつつ、さまざまな金融サービスを提供していくうえで大きな要素であることは間違いない。
 ただし、こうしたサービスを提供していくうえでは、かけがえのない生活の糧である賃金の受取りを担う事業者には高いレベルの利用者保護や労働者保護が求められるという考えのもとで、銀行界では長い年月をかけて、銀行口座や決済に係る安心・安全の仕組みを構築してきた。デジタルマネーによる賃金支払いが仮に認められた場合には、銀行界としても利便性を高める努力や工夫を行う機会を得られるということでもあるが、これが認められるのは、やはり安心・安全が担保されたうえでのことだと考えている。いずれにしても、個人のお客さまとの取引関係に本件は影響を及ぼす可能性があるので、そういった観点からも動向を注意深く見守っているということである。
 併せて、ご質問後段の規制のイコールフッティングをどう求めていくのかという点であるが、これは労働政策審議会でも今議論されているように、労使双方から安心・安全の観点からの不安感が示されており、あるいはそれが担保されることが前提という声が出ているわけである。そうしたことも踏まえて、追加的な規制が必要であれば、どういう規制が必要になるのかといった議論が丁寧かつ慎重に深められていくものと理解している。


(問)
 キャッシュレスについて伺いたい。コロナ禍でキャッシュレスが増えているかということについて、会長はどのようにご覧になっているのか。銀行界のキャッシュレス化に対する考えと併せて教えていただきたい。また、一見矛盾するような現象であるが、1万円札の流通量が増えているというデータがあると聞いている。これについて一体どういった理由なのかお伺いしたい。
(答)
 まず、キャッシュレスの状況に関しては、日本銀行の金融広報中央委員会が2020年8-9月に家計に対して実施したアンケート調査がある。これによると、家計の日常的な消費におけるクレジットカードや電子マネーといったキャッシュレス手段での決済の割合は、世帯構成や決済額の多寡を問わず、前年と比べて顕著に上昇しているが、その反面、現預金の利用割合は大きく低下し、比較可能な2007年以降で最低の水準となっている。
 また、個人の給与受取口座からの払出しの状況から見ても、全銀協で定期的に集計している、振込・口座振替での出金からなる「キャッシュレスによる払出し比率」にもとづくと、2020年上半期の比率は53.7%であり、前年同期比で増加している。その内訳を見ると、インターネット・バンキングでの振込やクレジットカードなどの口座振替が増加している。
 これは、従来からの構造的なキャッシュレスのトレンドがあったなかで、コロナ禍のもとでオンライン消費が一層拡大し、その決済手段としてのキャッシュレスの利用が浸透したこと、そして外出自粛等の影響で現金利用の場である対面消費の機会が縮小したこと、さらには対面消費の場においても感染リスク回避のため現金のやり取りが控えられたことが影響したのではないかと捉えている。
 他方で、もう一つご質問にあった、世のなかに出回る現金およびその現金のなかでも9割を占める最高額紙幣である1万円札の流通量も、直近の本年1月時点でそれぞれ前年比プラス5.9%、プラス6.4%と大きく拡大している。
 預金者の一部が、貯蔵目的での現金保有、いわゆるタンス預金を増やしたという指摘もあるが、マクロ的には、コロナ禍での各種給付等の財政支出をファイナンスする政府債務の拡大や、金融機関による企業・家計向け信用の増加により、世のなかに出回るお金の総量であるマネーサプライ自体が、昨年12月のデータで、前年比プラス7.6%と大幅に伸びていることの影響が大きいのではないかと考えている。実際、マネーサプライ全体に占める現金の割合は、昨年末時点で7.4%と1年前の7.6%から小幅ながらむしろ低下しているほか、家計や企業の金融資産を見ても、現金の拡大ペースは預金を大きく下回っている。
 このように、ファクトを整理すると、これまでも緩やかに進行してきたキャッシュレスの流れは、コロナ禍でも途切れることなく、むしろ加速した様子が窺える。
 将来的に労働力人口の減少が見込まれるわが国では、生産性向上が喫緊の課題である。キャッシュレスは、現金のハンドリングコスト引下げによる社会的費用の削減や、決済データの利活用に伴う新たな付加価値サービスの提供など、そのブレークスルーの一つになり得るものであり、銀行界としても引き続き積極的に取組みを進めていきたいと考えている。
 ご存じのとおり、銀行界では長年にわたり、口座振替や振込といったキャッシュレスサービスを提供してきた。近年では全銀システムの24時間365日稼動や全銀EDIシステム稼動を進めてきたほか、今年度は全銀ネットに設置したタスクフォースで議論を重ねて、全銀システムへのノンバンク接続や小口決済インフラ構築に関する方針を決定するなど、こうしたサービスをより便利にお使いいただけるような取組みを進めているところである。
 一方で、利便性ばかりを重視するあまり、安全面がおろそかになるようなことがあってはならない。先般の電子決済サービスを悪用した不正出金事案を受けて、全銀協でも資金移動業者との口座連携に関するガイドライン策定などの対応を行っている。利便性と安心・安全が両立する健全なかたちで、わが国のキャッシュレス化が進展するよう、引き続き尽力して参りたい。


(問)
 先日も福島県沖で震度6強の地震があったが、東日本大震災から間もなく10年を迎える。いまだ被災地の復興は道半ばと言えるが、金融機関としてこれまでの被災地支援の総括と、今後の被災地支援のあり方などについて何を考えていくのか、会長の所感をお伺いできればと思う。
(答)
 まず、2月13日に発生した福島県沖を震源とする地震により被害を受けた皆さまへ、心よりお見舞いを申しあげる。
 新型コロナ対応が続くなかでの被災となり、大変不安が多いことと思うが、被災地域が1日も早く復旧を果たすとともに、被災された方々が通常の生活を取り戻すことができるよう、銀行界としても、払戻しや融資に関わる迅速・柔軟な対応を含めて、しっかりとサポートをして参りたいと考えている。
 そのうえで今のご質問についてであるが、2021年3月11日をもって、東日本大震災から10年を迎える。東北地方を中心に東日本を突然襲った大震災と、それに伴う津波により、多くの尊い命が失われた。その当時の状況は、今回の地震が私達の記憶を新たにしているところもあるが、10年を経た今でも決して脳裏から離れるものではなく、犠牲となられた方々に哀悼の意を表するとともに、ご遺族の皆さま、そして今もなお避難生活を余儀なくされ、不自由な生活を送られている皆さまに心よりお悔やみとお見舞いを申しあげる次第である。
 私ども銀行界は、この間、関係各所の皆さまのご協力もいただきながら、金融機能を維持する取組み、被災された方々のお役に立てるような取組み、これらを総力をあげて進めてきた。
 少し具体例を申しあげると、通帳、印鑑などを紛失された場合における店頭での現金の引出しへの対応、また開店できない銀行の支店に口座をお持ちのお客さまに対して、ほかの銀行でも預金の払出しができる仕組みなどを整えた。
 さらに、ご親族とご本人以外への預金の払戻しや被災されたお客さまの口座の有無を一括して照会いただける「被災者預金口座照会制度」も創設した。また、義援金口座への振込の無料での取扱いや震災発生を原因とした事故情報については全国銀行個人信用情報センターへの登録を行わない措置など、以降の自然災害で実施している対応も、東日本大震災をきっかけに開始したものである。
 加えて、二重債務問題への対応にも取り組んでいる。震災の影響により住居等を失い、震災前のお借入れの返済が困難になった方には、一定の要件の下で、債務の免除を受けられる「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」を整備した。これは後の「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」の土台となり、東日本大震災以降の自然災害の被害に遭われた方々を支援することにもつながり、足元では新型コロナウイルス感染症にも適用されている。
 今、申しあげたような業界としての取組みは、このたびの福島県沖を震源とする地震においても同様であり、しっかりと対応して参る。
 震災への取組みは、業界としての対応に加えて、各行においても被災者の方々に寄り添い、被災地の復興のお役に立てるよう、継続的な取組みとして社会貢献活動を行っている。
 個別行の話になるが、三菱UFJ銀行の例で申しあげると、ユネスコ協会との奨学金プログラムや、東日本大震災の被災地と米国、両国の生徒・教職員がお互いの国を訪問する国際交流プログラムを通じた子どもたちの心豊かな成長の支援といった取組みを続けている。東日本大震災から学び、10年かけて悩みながらも築きあげてきたことは決して少なくない。
 今回の福島県沖地震のように、今なお余震が発生する状況に鑑みても、復興・再生はまだ終わったわけではなく、これからも銀行界として取り組むべき課題の解決を進める必要がある。震災から得た経験や教訓を風化させることなく、いかに次世代に継承していくかも考え、いかなるときもお客さまに寄り添った対応ができるよう、銀行として心掛けていかなければならない、そのように、節目の年を迎え、改めて思う次第である。


(問)
 1問目は、脱炭素に向けた取組みについて伺いたい。昨年、2050年のカーボンニュートラル目標が打ち出されて以降、その機運が一層高まっていると思う。例えば、3メガバンクでは、石炭火力発電の新規融資を原則行わないとするセクターポリシーを掲げているが、銀行界としてさらに踏み込んだ対応が必要だとお考えか。また、各行の判断になるが、海外のNGOからも反発が多い「原則」という文言を削除するということも選択肢の一つになり得るのかを聞かせてほしい。
 2問目は、中央銀行のデジタル通貨(CBDC)に関して、来年度から日本銀行による第1段階の実証実験が始まるが、CBDCは民間銀行が取り組んでいるデジタル通貨にとっても脅威となり得る存在なのか、相互補完的な役割を期待できるものなのかについて教えてほしい。
(答)
 まず、気候変動に関連する石炭火力発電に対する取組みの方針についての質問にお答えする。
 昨年10月に政府の2050年までのカーボンニュートラルが打ち出され、12月には経済産業省が「グリーン成長戦略」を公表している。足元ではこれらの実現に向け、世の中のモメンタムが急速に加速していると感じている。銀行界としても、本業を通じてどのようにネットゼロに貢献するかについて、経営の最重要課題として捉えている。
 特に、気候変動対策は一定の時間を要するものであり、目に見える成果が直ちに具体化するわけではないことにも留意が必要であろう。実体経済というものは黒か白かという二元論よりも複雑であり、銀行界はすでに実行済みの貸出資産を抱えながらお客さまのトランジションを促す新たなファイナンスにも取り組んでいくという、二つの正面への難しい対応を行う立場にある。
 このような中、ご質問にあった3メガバンクの投融資ポリシーは、「新設の石炭火力発電所向けの融資は原則採り上げない」としつつ、当該国のエネルギー政策における代替手段の有無や技術水準などを考慮し、採上げ可能とする例外を設けたうえで、各行それぞれが石炭火力発電への貸出残高を零にする削減目標を定め、またサステナブルな分野への投融資を通じた二酸化炭素削減への貢献等の実績を積んできているところである。
 今後の対応に関するご質問をいただいたが、石炭火力発電向けを含む投融資ポリシーについては、あくまでも各行が自律的・自主的な取組みとして定めているものであるため、改定の方向性そのものについてコメントすることは差し控えるが、足元の情勢を踏まえ、各行において従来にも増して、国家レベルでの政策や方針と国際的な議論の流れ、また、ステークホルダーの声といったさまざまな要素を考慮し検討していかなければならないと理解している。
 いずれにしても、2050年のカーボンニュートラル実現に向けてはさまざまな挑戦を伴うが、銀行界としては長期的な視点に立ち、「グリーン成長戦略」に沿ったかたちで、お客さまの技術の転換を支えるイノベーションや事業構造のトランジションをファイナンス面から促すことで貢献していきたいと考えている。
 次に、CBDCのご質問についてお答えする。
 CBDCと民間デジタル通貨の関係性については、相互補完的なのか、それとも競合するのかというご質問であるが、デジタル通貨を発行するさまざまな民間事業者のイノベーションと、それにより生み出される利用者利便の高いサービス、民間が行う金融仲介機能を通じた経済への効率的な資源配分を阻害しないこと、すなわち、相互補完的な関係になることを前提に、CBDCの検討が行われるべきだと思う。
 銀行預金自体が、全銀システムを通じ1,200以上の金融機関でのインターオペラビリティを確保しているほか、口座振替をはじめ多様なキャッシュレス決済手段を提供しており、すでに最も典型的なデジタルマネーとも言え、さらにその利便性を向上するため、新たな決済手段を検討・導入するさまざまな動きもあるので、この点は銀行界としても強く思うところである。
 もっとも、日本銀行が公表した「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」においても、現在想定されている一般利用型CBDCの発行にあたって、中央銀行と民間部門からなる決済システムの二層構造を維持すること、すなわち民間銀行等を介した「間接型」での発行が前提とされており、今後、設計が具体化されていくにあたり、相互補完的である必要性は十分意識されていると認識している。
 また、これまでも会見の場で申しあげてきたが、まずは、わが国でCBDCを発行する目的あるいは意義はもとより、CBDCと民間デジタル通貨が相互補完的になるようなユースケースや、官民の役割分担、信用創造や金融政策の有効性、金融システムの安定性への影響等のさまざまな論点を研究し、理解を深めることが不可欠である。
 こうした研究を通じた関係者の共通の理解のもとで、CBDCの発行額や保有額の制限、付利の有無、デジタル・ディバイドへの対応や不正利用に対するセキュリティあるいは災害発生時の頑健性、決済のファイナリティと相互運用性の具備といった詳細な制度設計が議論されていくことが必要と考えている。
 日本銀行の実証実験の第1段階の概念実験フェーズは、2021年度の早い時期に開始される予定であるが、この間に今述べたような課題や論点について関係者が議論して理解を深めることが必要であり、銀行界でもしっかりと検討を深め、意見発信を行って参る所存である。