2025年3月13日

福留会長記者会見(三井住友銀行頭取)

辻専務理事報告

 事務局から1点ご報告申しあげる。
 本日の理事会において、お手元の資料のとおり、次期副会長を内定した。次期副会長は、2月に内定している次期会長と同じく、今後の理事会における正式な選定手続を経て、2025年4月1日付で就任する予定である。

 

会長記者会見の模様


(問)
 2問伺う。1問目は2024年度の全国銀行協会の取組みについて、会長としての総括と、次期会長に引き継ぐ課題についてどのような認識を持っているかを聞かせてほしい。
(答)
 今年度の総括ということで、1年間の私どもの取組みについて簡単に振り返りたい。
 昨年4月の会見で申しあげたが、全銀協としては、今年度を「パラダイムシフトが進展するなか、わが国経済の好循環の定着に貢献していく一年」と位置づけ、さまざまな取組みを進めてきた。当然ながら、全てが順調に進んだわけではなく、当初の想定と異なることもあったし、反省や課題もある。しかし、全体としては会員各行や政府をはじめとする皆さまのご協力とご尽力により、好循環の定着に向け、少しずつではあるものの、着実に貢献することができたのではないかと思う。
 具体的に申しあげると、例えば、資産運用立国については最重要施策として取り組んできたが、NISAの口座数は昨年末に2,560万件を超え、成人のおよそ4人に1人が保有する水準まで普及するなど、資産形成を巡る機運はこの1年で格段に高まったと認識している。そうした機運をさらに加速させるとともに、持続可能なものとしていくため、会員行によるJ-FLEC(金融経済教育推進機構)との共同セミナー開催の後押しに努めるなど、金融経済教育の推進に注力したほか、販売会社と組成会社間におけるプロダクトガバナンスの高度化を図るなど、顧客本位の業務運営の徹底にも取り組んだ。また、事業者支援に関しては、資金繰り支援はもちろんのこと、産業の活性化を通じた日本の再成長につながる重要な取組みとして、事業再生や再構築のサポートにも業界を挙げて注力してきた。
 事業性融資の推進に向けた企業価値担保権の創設に当たっては、私自身、国会で意見を述べる大役を仰せつかったほか、全銀協としても、積極的な活用に向けた実務面の検討を着実に進めている。
 加えて、日本経済の成長エンジンであるスタートアップの支援については、個人的に特に強い思いを持って取り組んだ。より多くの金融機関にスタートアップ融資に参入してもらえるよう、エントリーバリアを引き下げる一助として会員行向けに「スタートアップ融資実務ハンドブック」を取りまとめた。手前みそだが、非常によいものに仕上がったと考えており、積極的に活用してもらうことを期待している。
 そのほか、前年度から引き継いだテーマである2023年の全銀システム障害を受けた再発防止策の実行を進めるとともに、次期全銀システムの開発再開にこぎ着けた点は、金融インフラの安定確保と進化に向けた重要な一歩になったと考えている。
 また、ますます深刻化する金融犯罪への対応に関しては、お客さまの大切な資産を確実に守るべく、利便性と安全性のバランスにおいて、より安全性にウェイトを置くかたちへとシフトした。銀行界としては、画期的な取組みであるインターバンクでの不正利用口座の情報共有に取り組んだ。
 このように一定の成果を実現することができた一方、次期会長に引き継がねばならない課題も残されている。とりわけ、今年度金融界で相次いだ不祥事案に関しては、信頼をビジネスの根幹とする我々金融機関にとって存在意義に関わる重大な課題である。今後もお客さまの信頼を預かるに値する確かな存在であり続けられるよう、不断の努力が不可欠だと考えている。
 また、終わりのない取組みという意味では、先ほど触れた資産運用立国や事業者支援、金融犯罪対策も同様である。そのほか、手形・小切手の削減についても、官民で目標として掲げる「2026年度末の全廃」に向け、残された期間はいよいよ2年を切るため、より抜本的かつ実効性のある取組みが必要となる。銀行界として、わが国の再成長や金融DX、お客さまの安心・安全の実現などにしっかりと貢献していくためにも、こうした取組みは継続していかねばならない。
 今申しあげたこと以外にも、銀行界はさまざまな重要課題を抱えている。いずれも一朝一夕で解決するものではないので、来年度や、さらにその先も含め、その時々の会長の下で、業界として団結して取り組んでいくことが重要である。4月1日には、三菱UFJ銀行の半沢頭取にバトンを渡すが、私も引き続き、一会員行のトップとして全力でサポートしていきたいと考えている。


(問)
 2問目、今春闘の賃上げについて。大企業を中心に、昨日発表があったが、昨年を上回る水準を示している社も目立っているかと思う。今春闘における賃上げのモメンタムについての会長の受止めと、課題とされる中小零細企業への広がりについて、官民関係者でどのような取組みが必要と考えるか。
(答)
 3月6日に連合が公表した2025年の主要労組の賃上げ要求集計結果によれば、平均で6.09%、組合員数300人未満の中小企業組合で6.57%と、企業規模を問わず、昨年を上回る大幅な賃上げ要求が行われている。
 昨日、集中回答日を迎え、報道によれば、大企業からは高水準の賃上げ回答が相次いだと承知している。この背景には、人手不足の深刻化や、人材の流動性の高まり、かねてからの物価の上昇、そして好調な企業業績といった複数の要因が挙げられる。
 年明け以降、企業経営者の方々と会話するなかでも、賃上げへの意欲は強く感じられ、今年の春闘における賃上げのモメンタムは非常に力強いものがあると感じている。
 また、中小企業への賃上げモメンタムへの広がりについては、これから佳境を迎える中小企業の労使交渉の結果を注視している。中小企業の多くは、大企業の賃上げ動向を参考にすることが多く、大企業における高水準の賃上げが、中小企業の賃上げに対して前向きな効果を及ぼすことが期待される。
 その一方で、中小企業は、大企業に比べて財務的に厳しい状況に置かれているケースが多いことから、賃上げの原資を確保するにはいくつかの課題がある。昨年10月の会見でお伝えしたとおり、中小企業が賃上げを実現するためには、官民関係者が一丸となって、中小企業の価格転嫁や生産性の改善を着実に進めていくことが重要と考えている。
 政府は、価格転嫁や取引適正化に関するガイドラインを公表し、生産性向上に向けた設備投資を後押しするための補助金を支給するなど、積極的な支援策を実施している。
 企業側も、デジタル化の促進や人材育成を通して、労働生産性の向上に努めている。人件費の上昇を吸収しながら、労働者に還元できる体制を整えていくことが期待されるところである。
 我々金融機関としては、中小企業が持続的な賃上げを行うための基盤整備をサポートすべく、資金繰り支援のほか、労働生産性の向上を支援するためのコンサルティングやセミナーの開催などにも取り組んでいる。
 こうした官民一体となった取組みにより、中小企業の持続的な賃上げが実現し、その賃上げの動きが消費の拡大や労働意欲の向上を促し、さらに経済の隅々にまでその恩恵が行き渡ることで、成長と分配の好循環が日本経済全体に広がることを期待している。


(問)
 先月、日本郵政が、保有するゆうちょ銀行の株式の一部を売却すると発表した。日本郵政の出資比率が50%以下になることで、これまで政府の認可が必要であった新規業務への参入が届出で済むことになる。また、本日、自民党の合同会議で示された郵政民営化法改正案の概要では、これまでできるだけ早期に処分するとしていたゆうちょ銀行などの株式について、当分の間、日本郵政に3分の1を超える株式の保有を義務付けるとしている。新規業務参入が届出制に移行することと、本日示された改正案について、受止めをそれぞれお願いする。
(答)
 ご指摘のとおり、今回の売却により、郵政民営化法上、ゆうちょ銀行は政府への届出により新規業務に参入することが可能となるが、同法において、ゆうちょ銀行は「他の金融機関等との間の適正な競争関係および利用者への役務の適切な提供を阻害することのないよう特に配慮しなければならない」とされている。銀行界として、届出制への移行後も、適正な競争関係の確保に向けた取組みが進められることを強く期待している。
 また、郵政民営化法改正案については、まだ公表されていないため法案の内容について具体的なことは申しあげられないが、全銀協としての考え方を改めてお伝えする。
 郵政民営化の本来の目的は、肥大化した郵貯事業が将来的に苦境に陥った際の国民負担の発生懸念を減らすこと、また、ゆうちょ銀行に滞留していた巨額の資金を民間市場に還流し、国民経済の健全な発展を促すことにある。銀行界としても、「民でできるものは民で」という考え方に沿う政策であり、その方向性に賛同してきた。
 一方、昨年10月の自民党の選挙公約には、「上乗せ規制のあり方の検討を図る」と記載された。ゆうちょ銀行に政府の関与が間接的に残っている状態で上乗せ規制が緩和され、民間金融機関と同様の業務を行えるかたちとすることは、公正な競争条件の確保の観点で認められるべきではないと考えている。
 また、石破政権は「地方を守る」を主要政策の一つに掲げ、いわゆる産官学金労言の連携により、地方創生への取組みをさらに強めていく方針と認識している。そのようななか、ただでさえ規模に勝るゆうちょ銀行に政府支援が残ったままの状態で上乗せ規制が緩和された場合、地方創生の主要プレーヤーである地域金融機関は著しく不利な競争環境に置かれることとなり、地方創生に必要なサービスの提供主体を失うことにもつながりかねない。
 繰り返しになるが、銀行界としては、上乗せ規制の緩和が所与のものとされず、公正な競争条件が確保されるよう、そのあり方がしっかりと検討されることを期待している。


(問)
 三菱UFJ銀行に続いて、みずほ銀行においても過去に貸金庫から顧客の資産を盗んでいたという事案が発覚した。大手銀行で立て続けに同様の事案が発覚したことへの受止めについて伺いたい。
 また、銀行において、貸金庫ビジネスは、おおむね同様のあり方で運営されていることから、他行にも同様の事案が広がるのではないかという懸念もあろうかと思うが、見解を伺いたい。
(答)
 会員行、しかも大手行において皆さまの信頼を損なう事案が発生したことについて、全銀協会長として大変申し訳なく思う。一日でも早く信頼を回復すべく、会員各行が貸金庫ビジネスの管理態勢強化に最優先で取り組むことが不可欠であると強く認識している。
 次に、同様の事象が他行に広がる可能性について。報道によると、2019年4月以降で計3件の事案が金融庁に報告されたとのことであるが、全銀協としてはそれ以外の事案については認識していない。前回の会見でも伝えたが、全銀協では2月12日に「貸金庫の管理態勢の強化等に向けた取組事例集」を作成し、会員行に展開している。全銀協が会員行に対し、一律の対応を求めるわけではないが、今後、このような事案が発生しないよう取組事例集も参考にしつつ、各行が管理態勢のさらなる高度化に努めていくことを強く期待している。


(問)
 足許で、自民党の金融調査会が貸金庫に関する改善策を盛り込んだ提言案を取りまとめている。提言案では、全銀協に対しても貸金庫問題への対応について早期に結論を出すよう求められると認識している。今後の全銀協の対応について伺いたい。
(答)
 自民党の金融調査会が「貸金庫業務の適正化に関する緊急提言」を取りまとめていることは、報道を通じて承知している。
 報道によれば、今回の緊急提言案には、主な項目として「内部不正防止に向けた管理態勢の強化」と「貸金庫サービスのあり方の検討」、そして「不祥事案が発覚した場合の公表のあり方」の3点が盛り込まれるとのことである。
 一つ目の「内部不正防止に向けた管理態勢の強化」については、「業界団体に対して貸金庫の管理態勢におけるベストプラクティスの取りまとめを要請する」との話であった。これに関しては、先月、「貸金庫の管理態勢の強化等に向けた取組事例集」を作成し、会員行に向けて展開したところである。
 事例集は、「貸金庫の管理態勢」と「人事運営・教育研修」の二つの項目に分かれており、「貸金庫の管理態勢」については、「副鍵の管理」、「従業員による貸金庫入退室・開閉の管理」、「牽制・モニタリング」の三つの観点から、具体的な取組事例を挙げている。事例集を参考に会員各行が管理態勢の整備を着実に進め、内部不正の防止に万全を期すことを期待している。
 二つ目の「貸金庫サービスのあり方の検討」については、「金融機関において、マネロン等を目的とした貸金庫の不正利用や、格納禁止物に関するルールの遵守状況を確認できる運用となっていないことから、業界団体において貸金庫規約の見直しを改めて検討するよう求める」と報道されている。
 貸金庫サービスは、お客さまの、「貴重品や重要書類を、プライバシーが確保された環境で保管したい」というニーズを前提にしたサービスであると認識している。貸金庫規約の見直しに当たっては、「銀行員がどこまで格納物を把握するか」と「いかにお客さまのプライバシーを保護するか」のバランス感が重要になってくるため、関係当局と十分に連携しながら、慎重に検討して参る。
 三つ目の「不祥事案が発覚した場合の公表のあり方」については、「今回のような顧客資産の窃取事案は、原則公表するよう求める」との記事であった。
 お客さまをはじめとしたステークホルダーの皆さまへの説明責任を果たす必要があることは言うまでもない。ただし、公表にあたっては、お客さまや捜査当局の意向なども考慮する必要があり、総合的に判断しているというのが実情である。不祥事案の公表のあり方については、今後当局と密に連携し、そのあり方を検討して参る。


(問)
 今の話の流れで、いわゆる不祥事の関連だが、冒頭の会長の総括にもあった通り、今年度、金融界で貸金庫に限らず数多く不祥事が発生した。物は違えど金融機関で立て続けに不祥事が発生したことに対し、通底する原因のようなものがあるかという点と、改めて、そもそも不祥事を起こさないように、各金融機関にどういう意識づけや対応をしてもらいたいかという点について伺いたい。
(答)
 まず、不祥事が発生した原因は事案ごとに異なるため、立て続けに発生した理由については一概に断定することは難しいと考えている。
 ただし、昨年12月の会見でも申しあげたとおり、銀行は、お客さまからの信頼の積み重ねを土台としており、こうした不芳事案が発生すると、その信頼を再構築することは非常に難しいものになると受け止めている。
 二度とこうした事案が起きないよう、再発防止に向け、隙のない仕組みづくりをするとともに、こうした事案は個人の特性により引き起こされる部分も大きいので、当然ながらカルチャーの変革も不断に進めていかなければならない。その大きなポイントとして、お客さまが銀行を信頼してお取引くださっているということをしっかりと認識し、各場面においてどう行動すべきか、一人ひとりの行員が考え抜くことを強く動機づける必要があると考えている。
 私自身、SMBC個別行の頭取として率先垂範の姿勢を貫き、SMBCグループの従業員全員にこの行動を徹底して参る。また、会員各行においても同様の取組みが進められることを心より強く期待している。


(問)
 最近、プライベート・デット、そのなかでも、とりわけダイレクトレンディングが世界中で広がりを見せている。預金取扱機関以外による融資ということであるが、最近ではJPモルガン等も取り扱っている。例えばリーマンショックのときのように、銀行以外のヘッジファンドやシャドーバンクが資金の出し手としての存在感を増すことによって、金融システムにおいて何らかの予期しないことが起こり得るのか、見解を伺いたい。
(答)
 まず、ダイレクトレンディングについて簡単に説明すると、一般的に、ファンドなどのノンバンクが、投資家からの資金を元手に、銀行や公的な金融機関を介さず、直接、企業に対して融資を行う、いわゆるプライベート・デットの一種であり、主に中堅企業などを対象とした相対型ローンのことを指す。
 特徴としては、厳格な規制・監督下にあり、与信審査に時間がかかる銀行と比べて融資実行が迅速であるほか、借り手のニーズに合わせて柔軟な融資条件を設定できる点などが挙げられる。また、一般的に銀行融資よりも高い金利が設定されるため、投資家に対して魅力的なリターンを提供できるという特徴もある。この手法は、特に米国においてリーマンショック以降、銀行に対する規制が強化され、貸出態度が厳格化するなか、資金調達が困難になった、相対的にリスクの高い企業の資金ニーズを満たすかたちで拡大してきた。
 ダイレクトレンディングは現在も拡大を続けており、これまで銀行がカバーしてきた市場にまで参入し、銀行のシェア低下につながる可能性があるため、我々にとっては確かに脅威であると言える。
 しかし同時に、銀行とダイレクトレンダーは、互いに補完し合うパートナーでもある。まず、比較的リスクの高い企業に対しては、リスクシェアリングにより、全体として必要な支援額を確保することが可能になる。そして、ダイレクトレンダーへの投資家が生保などロングマネーの出し手であれば、期間やリスク許容度等、銀行とは違うプロファイルで融資を行うことができ、銀行はそれを前提に短中期の支援を拡大させるという相乗効果が期待できる。
 ただし、ダイレクトレンディング特有のリスクには注意が必要である。例えば、ダイレクトレンディングはプライベート市場で取引されるため、いわゆる流動性は乏しく、投資家が希望のタイミングで換金できない可能性や、想定よりも低い価格での換金となる可能性がある。また、銀行では対応できないリスクを取っているケースも多く、融資先ポートフォリオの信用リスクは相対的に高い傾向にあると認識している。
 加えて、先ほど申しあげたとおり、ダイレクトレンディングはリーマンショック以降に台頭してきたということは、クレジットサイクルのネガティブな局面をまだ経験していないということであるため、これが最も重要な点ではあるが、今後、市場が悪化した場合、どのような問題が生じるのか、注視する必要があると考えている。


(問)
 最近、また実質賃金がマイナスに転じるなど、物価の上昇は引き続き高水準であり、市場では日本銀行の利上げが早まるのではないかという観測も出ている。これについて会長の所見を伺いたい。
(答)
 日本銀行の植田総裁は、今後の政策運営を判断するに当たり、1月の追加利上げの影響をはじめ、賃上げの持続性や基調的インフレ、金融情勢に関するさまざまなデータや情報を参照するとしている。賃上げに関しては、先ほど申しあげたとおり、今年も高い水準の賃上げが期待されているが、こうした動きが中小企業にも波及し、わが国全体で賃上げのモメンタムが定着していくことを期待している。
 一方、トランプ政権の掲げる関税政策の影響と海外経済の不確実性には、より一層注視する必要がある状況である。したがって、日本銀行は、引き続き、経済動向を入念に確認しながら、その都度、利上げの是非を判断していくものと思われる。
 なお、政策金利が最終的にどの水準まで引き上げられるのか、いわゆるターミナルレートについての予測は、これまで以上に難しくなっている。個人的には前回の会見でも申しあげたように、足元の賃上げのモメンタムが腰折れしない限りは、日本銀行が示している中立金利の下限である1%には到達すると考えており、賃金と物価の好循環が定着し、本格的な経済成長が継続していけば、さらにその先の水準への到達も十分にあり得るという見解に変わりはない。


(問)
 トランプ政権の発足後、NZBA(Net-Zero Banking Alliance)から離脱する金融機関の動きが相次いでいる。日本では、三井住友フィナンシャルグループが足元で離脱したが、こうした動きについてどのように感じているか。
(答)
 今月、三井住友フィナンシャルグループは、ネットゼロへの移行を目的とする銀行界のイニシアティブであるNZBAを脱退した。このようなイニシアティブへの対応は個別行がそれぞれ判断するものであり、全銀協の会長としてはコメントする立場にないが、SMBC個別行の頭取として申しあげる。
 NZBAからの脱退は、グローバルな動向などを踏まえて総合的に判断した。SMBCグループがネットゼロ目標を設定してから約3年が経ち、社内体制の高度化も進み、独自に対応できる体制が整ってきている。NZBA脱退後もネットゼロ目標や、気候変動への対応の方向性は不変であり、引き続きお客さまのネットゼロに向けた取組みをしっかりと支援して参る。
 邦銀各行においても、今後NZBAを脱退するかどうかに関わらず、顧客のネットゼロに向けた取組みを積極的に支援していく方向性自体に変わりはないと認識している。


(問)
 1点目、国内の長期金利についてお伺いする。足元、1.5%を超える水準で推移しているが、この受止めと今後の見通しについて、また、銀行の有価証券運営に与える影響をどう見ているか、お聞きしたい。
 2点目、全銀協として昨年12月に設置した不正利用口座の情報共有に向けた検討会について。2025年3月目途の取りまとめに向けた議論の状況は。特に、情報共有するためのシステムが論点の一つになっていると思うが、この点についてどのようなものを想定しているか伺いたい。
(答)
 1点目について。わが国の長期金利は、昨年の秋ごろから上昇トレンドを辿っており、足元では1.5%程度の水準に達している。日本銀行は2023年7月に長期金利の変動幅を目途とするイールド・カーブ・コントロールの運用の柔軟化を決定し、金融政策の正常化に踏み出した後、国債の買入れを減額するなど、金利形成を徐々に市場に任せる方針を打ち出している。こうした状況のもと、足元では、賃金と物価の好循環に対する期待感が強まっている。かねてより日本銀行は、金融政策の判断において、この賃金と物価の好循環を重要視しているが、今年の春闘でも高い水準の賃上げが期待されることなどを受け、日本銀行幹部からは、1月の政策金利の引上げ以降も、追加利上げに前向きな発言が続いている。そのため、ターミナルレートに対する市場参加者の見方が、これまでの予想よりも思いのほか切り上がってきており、国債の買い控え、もしくは売りにつながっていると思われる。さらに、2月や3月が、本邦機関投資家にとって来年度の投資計画を立てるタイミングであることも買い控えの一因になっているかもしれない。
 今後については、海外経済に不確実性はあるものの、日本銀行による利上げや国債買入れの減額により、長期金利がさらに上昇する余地はあると思われる。ただし、日本銀行は経済指標や内外情勢、市場環境などを確認しながら、慎重に金融政策を判断していくであろうことから、このまま一本調子に上昇トレンドを辿っていくとは限らない。
 最後に、銀行の有価証券運用についてお答えすると、各行が経済の先行きを見ながら、それぞれの戦略に応じて、国債投資のエントリーポイントを探っていく局面になりつつあるのではないかと考えている。
 2点目の不正利用口座の情報共有について。ご承知のとおり、近年、特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額および認知件数は急増している。お客さまが老後の生活や家族のために築きあげた大切な資産を守るため、銀行界として、抜本的に対策を強化することが不可欠と認識している。
 このような犯罪を抑止するためには、犯罪者の口座や、詐欺被害と疑われる送金を早期に検知し、口座を凍結することが有効な手段となる。しかしながら、個別の金融機関が把握できる犯罪者の情報には限りがあるのが実情である。そのため、金融機関全体で犯罪者の口座情報を即時に連携できる態勢を構築し、検知能力を高めることが必要となる。
 仮に犯罪者の口座情報を金融機関全体で即時に共有することができれば、各金融機関は、犯罪者の口座に資金を振り込んだ被害者の口座や、犯罪者と同じ名義の口座、あるいは、犯罪者の口座から振込を受けた共犯者の口座を早期に検知し、被害者へ連絡することや、犯罪者・共犯者の口座を凍結することで、詐欺被害の拡大を防ぐことが可能となる。
 さらに、検知した共犯者の口座情報を共有することができれば、その共犯者に関連する別の共犯者の口座が明らかになる。こうした情報共有を繰り返すことで、犯罪グループの隠れた口座を芋づる式に特定し、詐欺やマネー・ローンダリングの流れを断ち切ることができる。
 こうした取組みを実現するため、冒頭も申しあげたが、全銀協では、「不正利用口座の情報共有に向けた検討会」を設置し、当局や有識者も交えて、実務、法令、システムに関わる論点を議論してきた。
 実務に関わる論点については、情報共有の対象を犯罪に利用された可能性の高い口座とし、共有する具体的な情報を、氏名、住所、生年月日、口座番号等とすることで、検討会でのコンセンサスが得られた。
 法令に関わる論点については、本取組みにおける情報共有が個人情報保護法上、本人の同意なく第三者に情報提供を可能とする例外規定に該当するか、また、金融機関の守秘義務に違反せず、顧客情報を第三者に開示できる正当性があるか、といった点について考え方を整理している。
 システムに関わる論点については、日々膨大な件数に上る不正利用口座の情報を効率的かつ正確に共有し、また、金融機関全体で即時に情報を連携するためには、情報の登録、蓄積、抽出機能などを備えたシステムの構築が不可欠であることを検討会で確認した。
 こうした議論を取りまとめ、今月、検討会の報告書を作成する予定である。その後、法務面の整理を確実なものとするため、関係当局と協議し、必要な措置を講じつつ、実務面の詳細設計およびシステム開発計画の策定を進めていく。試行可能な環境が整い次第、少数の銀行による情報共有を開始し、その結果をもとに、業務要件やシステム要件を精緻化したうえで、情報共有システムの設計、開発に着手する予定である。引き続き関係当局のご協力をいただきながら、銀行界として金融犯罪対策を強化していく。


(問)
 同意なき買収など、M&Aを巡る銀行の態度について伺う。さまざまなM&Aが国内でも増えてきており、同意なき買収提案も出てきている。M&Aにおいて、銀行はファイナンスでの支援を発行体に求められるケースが多くあると考えられる。例えば、買収側の事業者と被買収側の事業者の両方から支援を求められる場合や、買収側の事業者と被買収側のホワイトナイトの両方から支援を求められる場合など、さまざまなケースが想定されるが、こういった場合に、銀行はどういった対応を取ることになるか。レギュレーション的にはウォールを立てればよいという話なのかもしれないが、両方に支援を検討するというのはレピュテーショナルリスクもはらむような状況が考えられる。この点も含めてご見解を伺いたい。
(答)
 案件ごとに背景や状況は異なるうえ、各行の方針も異なることから、一概に申しあげることはできないが、個人的見解として申しあげる。
 同一の銀行グループが買収側・被買収側双方に対して支援を行う場合、理論上、買収側・被買収側のいずれかに対して一方的に有利な取引となるような取引条件を誘導するなどといった利益相反の懸念が生じる。こうした事態を避けるため、ご指摘いただいたように、銀行グループ内において買収側の支援チームと被買収側の支援チームの間で情報遮断を行うなど、利益相反防止措置を講じることがまずは必要となる。
 ただし、同意なき買収については、友好的な買収とは異なり、買収側と被買収側が激しく対立する可能性があるため、先ほど申しあげた利益相反防止措置のほかにも、例えば、対立サイドを支援することによるお客さまとの取引関係への影響についても考慮する必要がある。そのため、同一銀行グループで買収側・被買収側双方を支援する妥当性については、より慎重に判断することが必要となる。


(問)
 トランプ政権が発動した鉄鋼、アルミニウムの追加関税に対して、欧州、カナダが報復措置を取るなど、貿易戦争の様相を示している。これまでの一連の政策の動きを踏まえて、顧客企業からどういった声があがっているか。会長の見解も併せて教えてほしい。
(答)
 トランプ政権の政策に対するお客さまの声についてだが、毎日お客さまと話をしているなかで感じるのは、不確実性に悩まれている方々が非常に多いという点である。例えば、トランプ政権の掲げる関税政策の内容は多岐にわたっており、現時点でその具体的な着地点は不透明であることから、ビジネス影響がなかなか見通せず、事業戦略を描きづらい、といった話をよく聞く。
 足元では、トランプ大統領が景気後退の可能性を否定しなかったことなどを捉えて、トランプセッション、いわゆる、トランプ+リセッションという言葉まで使われ始め、マーケットも極めて敏感になっている状況である。
 とはいえ、トランプ大統領は本質的にはビジネスマンであり、アメリカは合理的で現実的な判断を重んじるプラグマティズムの国であることから、経済を過度に傷つけるような落着にはならないよう、期待している。
 したがって、お客さまに対しては、一喜一憂せず、冷静に先行きを見ながら、フレキシブルに対応していくのがよいのでは、という話をしている。


(問)
 トランプ政権下でポジティブだと見られていたM&Aについても、バイデン政権が策定した厳格なM&A審査基準を維持する方針だと明らかにしている。今後のM&Aの動きについてどう見ているか。
(答)
 新政権がM&Aの審査基準を維持する点については、現行の審査基準は特定の巨大企業が市場を支配することを防ぎ、健全な市場の発展を促すことを目的としていること、また、審査基準の頻繁な変更は企業に混乱を招き、むしろM&Aを阻害する恐れがあることを踏まえると、ごもっともな方針ではないかと考えている。
 また、トランプ大統領の施政方針演説では、「経済の立直し」が政権の最優先事項の一つとして掲げられていることから、経済を活性化させる一助となり得るM&Aについて、後押しをされることはあっても、いたずらに阻害されることはないのではないかと見ている。
 足元、アメリカのM&A市場は、金利上昇や経済の不透明感といったマクロ要因もあり、第1次トランプ政権時代と比べれば、比較的落ち着いた状況にあると思うが、今後、新政権の経済政策による後押しで、活性化していくことを期待している。


(問)
 為替の水準について、最近のドル円相場を見ると、日米の金利差や米国の動向などに大きく左右される状況が続いていると思う。2月下旬に150円を下回る水準まで円高方向に行った後、現在はその近辺で推移している。こうした為替の動きをどう見ているか。
 また、足元で物価高が続いているが、為替の水準が物価を含めた日本経済に及ぼす影響について見解を伺いたい。
(答)
 1点目の最近の為替相場の動きについて、先月の会見では、日米の金融政策がこのまま逆方向に進めば中長期的には円高方向に進んでいくと見られるものの、まだ両国の金利差は依然として大きく、当面は1ドル150円台半ばを中心としてボラタイルに動くのではないかと申しあげた。その後、日本銀行の利上げが意識される一方で米国の経済指標が弱含み、また、米政権の貿易政策にまつわる不確実性の高まりを受けて、足元では1ドル148円前後と、ご指摘のように、やや円高が進んでいる。
 今後、両国の金利差の縮小スピードがどうなるかはまだ不透明な状況であるので、当面はボラタイルな動きを続けるという見方に変わりはないが、ドル円相場の中心線は150円前後まで円高方向に動いたと考えても良いかもしれない。
 2点目は、こうした為替の動きが日本経済、物価に与える影響についてである。昨年11月ごろから、米国経済の堅調さなどを背景に円安が進み、再び輸入物価の上昇に起因するコストプッシュ型のインフレとなることを懸念していたが、足元の水準調整を受けて、このまま鎮静化することを期待している。今年の春闘でも、昨年に引き続き高い賃上げが実現すると見られており、家計の所得環境が改善することで、今後は徐々にディマンドプル型の物価上昇が進行していくものと想定している。
 また、今月は多くの企業が決算期末を迎える。現在のドル円相場は企業の想定レートよりはまだ円安であるため、各社の決算に為替によるネガティブな影響が現れることはほぼないものと考えているが、いずれにしても、為替の今後の動向とお客さまへの影響については引き続き注視していく。


(問)
 今期、メガバンクを中心に最高益を計上する銀行が多く出ると予想されているが、好調な業績を背景に、銀行として、例えば新規投資や不採算事業の整理や、あるいは株主還元、従業員還元など、足元の環境を踏まえたさまざまな選択肢がある。各行が取るべき戦略がそれぞれ異なることは理解しているが、全銀協会長として、どういった選択肢を取ることが望ましいと考えるか。銀行界の最大公約数的なポイントについてご見解をいただきたい。
(答)
 メガバンクの業績については、政策投資株式の売却利益や為替相場の影響など、特殊要因が利益を底上げした「追い風参考」の側面もあるが、銀行界全体については、基本的には国内金利の上昇に伴う利鞘の改善、法人のお客さまの堅調な資金需要、貯蓄から投資への流れを受けた資産運用ビジネスの成長など、複数のプラス要因によって、総じて好調な業績となっている。
 ご指摘のとおり、各行が取るべき具体的な戦略は、各行が置かれた状況に応じてそれぞれ判断すべきものであるが、一般論として、現在の良好な事業環境は、中長期的な視点に立って、次の成長に向けた布石を打つ絶好の機会だと言える。例えば、法人のお客さまの活発なコーポレートアクションを後押しすべく、ポートフォリオの一層の見直しを進め、DX・GXをはじめとした成長分野の支援に経営資源を振り向けていくことが考えられる。
 個人のお客さまの利便性向上も重要である。それと同時に、足元で急増している特殊詐欺やSNS型投資・ロマンス詐欺からお客さまの大切な資産を守るための投資も必要になる。さらに法人・個人を問わず、お客さまによりよいサービスを複合的に提供するためには、インオーガニックを含む成長投資も選択肢になる。
 また、こうした戦略を具現化していくためには、人材の質・量を維持し、向上させ続けていく努力も不可欠である。人材獲得競争が激化するなかで、銀行界としても、人的資本投資を加速させていく必要がある。
 最後に、株主の視点に立てば、健全性の確保を前提に、資本効率の改善や株主還元の充実といった企業価値を高める施策にも取り組む必要がある。
 以上、縷々申しあげたが、ご質問いただいた最大公約数的なポイントについては、「常にお客さま目線、市場目線を持ち、安心・安全で利便性の高い金融インフラを提供し続ける、そのための基盤をつくりあげる」ということに尽きるのではないかと考えている。


(問)
 金融庁は、特に地域金融機関が行う仕組貸出と称するものを問題視している。銀行界としては、そうした仕組貸出に対する指摘について、どういった受け止めをしているのか、確認したい。
(答)
 仕組貸出の基本的な商品性の定義の説明から始めたいと思う。ご存じの方も大勢いると思うが、まず投資家がSPCに対してローンを貸し付け、SPCはそれを原資に債券を購入したうえでデリバティブを取り組み、債券のクーポンをリパッケージしたかたちで投資家に金利を支払う。そのデリバティブにはオプションが組み込まれており、債券の現物よりも魅力的な利回りが提供されることが一般的である。
 さて、ご質問は、恐らく国債を裏づけとした仕組貸出についてだと思うが、日本銀行が国債購入を減らし、国債の投資家層拡大が大きな課題となっているなかでは、仕組貸出によって国債投資の経路が増えることは、金融市場にとってメリットがあることだと考える。
 また、過度な金融規制が入ることで、この商品自体に革新性があるかどうかは別にして、市場の革新性や柔軟性が損なわれることは決して望ましいことではないとも思う。
 ただし、仕組貸出の残高増加に警鐘が鳴らされているのは、商品に複雑な仕組が組み込まれていることや、リスク管理に対する懸念によるものであると理解している。
 仕組貸出にはメリットもあるが、当然のことながらリターンが上乗せされている分、投資家はリターンに見合った相応のリスクを負うことにもなる。
 例えば、債券の現物と同様、金利動向次第では利回りが急激に悪化し、仕組が複雑であればあるほど深刻な逆ざやとなる可能性が高まる。加えて、ローン商品であるため、時価評価されないことから、中途解約時には思わぬ損失が顕在化するリスクもある。さらに、現物の債券より流動性が低いので、売却に時間がかかり、損失が拡大する懸念もあるかと思う。
 こういったリスクが存在するので、金融庁は特に地域金融機関の仕組貸出に関わる取組状況を確認し、適切な体制構築を行うことなどを改めて要請しているのではないかと理解している。
 繰り返しになるが、過度にリスクテイクを避けることは市場の選択肢を狭めることにもなるため、市場機能の高度化とリスク管理の強化のバランスに留意して、議論を進めていくことが重要ではないかと考える。


(問)
 本日が最後の会見なので、改めて会長から一言お願いしたい。
(答)
 それでは、最後に挨拶も兼ねて、一言述べさせていただく。
 私は、1985年に銀行員としてキャリアをスタートして以来、キャリアの大半を海外、そして市場部門の一ディーラーとして過ごしてきた。また、2018年には一度銀行を退職し、3年以上にわたりトヨタ自動車にお世話になるなど、これまで業界活動とはかけ離れたキャリアを歩んできており、自分は完全にアウトサイダーだと思っている。ゴルフに例えれば、フェアウェイを一度も歩いたことがない。常にラフにいるか、林のなかでボールを打っていて、時には隣のホールでほかの人たちとラウンドしている、そういう経験であった。
 そうしたなか、図らずも全銀協会長の大役を拝命したことで、銀行の使命、あるいは、お客さまや社会に対して果たすべき責任について、業界全体を俯瞰する立場から見つめ直す機会をいただいた。慣れない役目ということもあり、試行錯誤の連続であったが、この1年、何とか走ってくることができたのも、ひとえに会員各行や政府、メディアの皆さまからの温かいご支援、そして何より、銀行に対して信頼や期待を寄せてくださるお客さまの存在があったからにほかならない。
 わが国経済は、「失われた30年」からの脱却に向けて歩みを進めているが、依然として重要な転換点にある。加えて、「金利ある世界」への移行も今後さらに進んでいくと見られる。そうした環境において、銀行界に求められる役割は、ますます重要かつ複雑なものになり、そのかじ取りは一段と難しいものになっていくと考えている。
 次に会長に就かれる三菱UFJ銀行の半沢頭取は、経営者としては私の先輩でもあり、すでに全銀協会長も経験されているので、安心してバトンを託すことができる。私自身も一会員行のトップとして微力ながらお支えするとともに、皆さまにおかれても、ぜひ変わらぬご支援とご協力を頂きますようお願い申しあげ、私からの御礼とあいさつに代えさせていただく。1年間、本当にありがとうございました。